馬山県
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/20 02:12 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| 中華人民共和国 広西自治区 馬山県 | |
|---|---|
| 簡体字 | 马山 |
| 繁体字 | 馬山 |
| 拼音 | Mǎshān |
| カタカナ転写 | マーシャン |
| 国家 | |
| 自治区 | 広西 |
| 地級市 | 南寧市 |
| 行政級別 | 県 |
| 面積 | |
| 総面積 | 2,345 km² |
| 人口 | |
| 総人口(2004) | 51 万人 |
| 経済 | |
| 電話番号 | 0771 |
| 郵便番号 | 530600 |
| ナンバープレート | 桂A |
| 行政区画代碼 | 450124 |
| 公式ウェブサイト: http://msx.nanning.gov.cn/ | |
馬山県(ばさん-けん)は中華人民共和国広西チワン族自治区南寧市に位置する県。
歴史
秦代には、桂林郡の管轄とされた。漢初には鬱林郡の下部に領方県と増食県が設置され、唐代まで沿襲された。唐代には、嶺南道邕州都督府の羈縻州である思恩州が置かれた。宋代には、思恩州は広南西路邕州右江道の羈縻州となった。元代になると、思恩州は湖広行中書省田州路に属した。明代には、思恩軍民府が置かれ、広西布政使司右江道の管轄とされた。
1425年(洪熙元年)、明朝により馬山地区に白山・古零・喬利・興隆・那馬・定羅の6堡が設置された。1528年(嘉靖7年)には白山・古零・興隆・那馬・定羅の5土巡司に改編された。清代は基本的に明代の行政区画を踏襲したが、1876年(同治6年)に那馬土司が那馬庁に改編されている。
1912年(民国元年)、那馬庁と定羅土司が統合され、那馬県が置かれた。1915年(民国4年)には興隆・白山・古零の3土司が統合され、隆山県が誕生した。1927年(民国16年)に両県は広西省直轄とされ、1930年(民国19年)には賓陽民団区、1935年(民国25年)には武鳴行政監督区の管轄とされた。
1949年、中華人民共和国が成立すると、両県は武鳴専区の管轄とされたが、1951年2月の武鳴専区の廃止に伴い南寧専区(後の南寧市)に移管された。同年6月、那馬県と隆山県の合併が決定され、馬山県が成立し、現在に至っている。
行政区画
交通
健康・医療・衛生
- 馬山県人民医院
外部リンク
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固有名詞の分類
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