青函トンネル開通・青函連絡船の終焉とその後
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1988年(昭和63年)3月13日の青函トンネルの開通に伴い、同日をもって青函航路の通常運航が終了し、青森 - 函館間の連絡は青函トンネルにゆだねられた。 その後、青函トンネル開通記念博覧会と世界・食の祭典に合わせて同年6月3日から9月18日まで「羊蹄丸」「十和田丸」を用い昼間1日2往復の暫定運航(復活運航)を行うとともに、夜間には函館港に羊蹄丸と青森港に十和田丸を停泊させホテルシップ営業を行った。この期間には通常営業時は入ることができなかった操舵室や車両甲板が公開された。また、船尾扉を航海中に開いて見せることも行ったが、監督官庁の指導により中止された。暫定運航が終了した翌9月19日付で青函連絡船は正式に廃止となり、津軽海峡から完全に姿を消した。 廃止後30年以上が経過した現在でも、青森駅には連絡船の案内表示や桟橋の可動橋へ向かう線路など、青函連絡船の痕跡が数多く残っており、函館駅や有川桟橋周辺にも着岸の際に目標として用いていた標識などが今でもわずかに残存している。
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