障害競走の騎手
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 22:29 UTC 版)
日本では競馬学校設立以前は障害競走のみの騎乗免許も取得可能であったが、現在中央競馬の騎手は競馬学校を卒業した若手騎手は平地と障害両方の免許を取得する。それ以外の騎手に関して、海外・地方競馬から移籍した騎手は全員平地のみ、馬術競技から転身した小牧加矢太は障害のみの取得となっている。 以前のケースでは、年齢を経るごとに体重が重くなった騎手が、平地免許を返上して障害専門騎手になるケースが多かった。現在では、平地との斤量差が小さいこと、そして障害競走の競走数の問題もあり、障害競走専門の騎手は減少し、多くの騎手が平地競走への騎乗も行っている。障害競走は落馬の発生が平地競走よりも多く、平地競走よりもリスクが高いと考えられており、賞金に対する騎手の取り分が7%と平地における5%より多くなっており、また騎乗手当も平地を上回っている。 こうしたリスクもあり、若手騎手のうちは両方の免許を持っていても、平地である程度活躍するなどして、一度も障害競走に騎乗することなく障害の免許を返上するケースがある。逆にあまり活躍できず、減量特典が失われた段階で、騎乗数確保を求めて障害競走に騎乗するケースが多い。2013年までは、第三場で障害競走は行われなかったが、第三場では若手騎手限定競走が行われることが多く、多くの若手騎手は遠征する。これらの結果、障害競走に通年で騎乗する騎手が少ない状況にある(逆に、障害競走に騎乗するため、若手騎手限定競走に騎乗可能な騎手も不足気味で、こちらも若手ではない騎手が騎乗する問題が発生している)。その結果、2013年1月20日には、前日1月19日に2名の障害騎手が落馬負傷し、20日に障害競走に普段から騎乗している騎手が他にいなかったために、騎乗予定だった2頭いずれも出走取消になる事態が発生している。2014年からは、重賞や一部のオープン特別を除き、第三場での開催が基本となるように改善されるため、障害メインに転向した若手騎手が若手騎手限定競走に参加しやすくなるなど改善される。また、同一日に同一施行場で障害競走が複数回組まれる場合は、原則として出走頭数が多い競走が先に行われる。 欧米ではアマチュア騎手との交流が盛んで、1990年にミスターフリスクでグランドナショナルに優勝したマーカス・アーミテージなど多くのアマチュア騎手が大レースを制している。また、英愛では競走数が多いこともあり、トニー・マッコイが2001/02シーズンに記録した289勝は平地競走のそれを上回っている。
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