金町松戸関所とは? わかりやすく解説

金町松戸関所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/23 04:47 UTC 版)

金町松戸関所(かなまちまつどせきしょ)は、慶長年間(1596年 - 1615年)に水戸街道江戸防衛の要所として設けられた。金町と対岸の松戸宿を結ぶ江戸川の渡船場を利用した関所である。現在の東京都葛飾区東金町にあった関所である。金町関所とも称される。


注釈

  1. ^ 原図は渡辺(1991)『近世交通制度の研究』、514頁による。
  2. ^ 葛飾区の指定文化財一覧葛飾区郷土と天文の博物館葛飾区郷土と天文の博物館、閲覧日2017年3月1日。

出典

  1. ^ a b 入本・橋本(1993)88頁。
  2. ^ 入本・橋本(1993)90頁。
  3. ^ 江戸・東京 歴史の散歩道6(2003)110-111頁。
  4. ^ 金町・松戸関所文書 葛飾デジタルミュージアム(2017年2月12日閲覧)
  5. ^ a b c 大島(1995)207頁。
  6. ^ 『御触書覚保集成』に拠る。(本間(1988)636-637頁)
  7. ^ a b c 本間(1988)、637頁
  8. ^ a b 本間(1988年)、638頁。
  9. ^ a b c 石岡(2002)、110頁。
  10. ^ 大島(1995)207-208頁。
  11. ^ 大島(1995)、209頁


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金町松戸関所

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水戸街道」の記事における「金町松戸関所」の解説

江戸時代新宿松戸宿の間を南下していた江戸川は、現葛飾北方500mのあたり(現在は河原)に「金町松戸関所」が設置された。江戸幕府江戸防衛のために江戸川架橋しなかったので対岸に渡るには渡し舟利用していた。 明治入ってから葛飾かけられた。関所跡の碑が、葛飾橋西詰の東北東残されているが、この石碑のある場所は厳密に関所があったところとは異なる。

※この「金町松戸関所」の解説は、「水戸街道」の解説の一部です。
「金町松戸関所」を含む「水戸街道」の記事については、「水戸街道」の概要を参照ください。

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