財政支出切り詰め
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 19:27 UTC 版)
「戦災復興都市計画」の記事における「財政支出切り詰め」の解説
戦後の日本経済の状況は、激しいインフレと食糧難とで特徴づけられる。1948年(昭和23年)、1949年(昭和24年)頃には、日本政府は激しいインフレを収束させるために、強力な財政政策をとる必要に迫られていた。1948年(昭和23年)米国政府がGHQを通じて日本政府に対し、財政支出をきびしく引締め予算の均衡を図ること等からなる「経済安定九原則」指令する。1949年(昭和24年)2月にはGHQ財政金融顧問として訪日したジョゼフ・ドッジがドッジ・ラインとして知られる経済政策を立案・勧告、1949年(昭和24年)8月には日本税制使節団(シャウプ使節団)が日本税財政・地方自治制度についての勧告を行った。これらは、課税を強化するとともに政府の財政支出を極端に圧縮し、赤字財政を克服しようとする超均衡財政方針であった。この財政支出の切り詰めのやり玉に上がったのが公共投資、特に「戦災復興都市計画」事業であった。
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