試験・運用
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/28 04:43 UTC 版)
「ソ連運輸省2TE121形ディーゼル機関車」の記事における「試験・運用」の解説
最初に製造された2TE121-001は製造後に試験運転が行われたが、軸重が26.5 tと重く、ソ連の多くの非電化路線における最大軸重に対応していなかった。それを受け、翌1979年から1983年にかけて軸重を25 tに抑え車体長も21,000 mmに短縮した3両の試作車(002 - 004)が製造され、再度試験運転に用いられた。そして同年に製造された2TE121-005は冷却装置が変更された他、前面形状が直線型に改められた。以降はこの車両を基に量産が行われ、1992年までに試作車も含め計76両が製造された。 量産車は高出力のためより高速で重量級の貨物列車を牽引する事が可能となった他、2TE10V形より燃料消費量が8-10%削減され、運転台の作業環境の改善なども高い評価を得た。だがその一方で各部品の故障が頻発し、1987年にはソ連国鉄側からも公式文書で2TE121形の導入に疑問を呈するほどであったが、当時のヴォロシロフグラードディーゼル機関車工場は他形式の機関車の大量生産も同時に実施しており、ベアリングを始めとした部品の安定した供給は難しい状況だった。 その後、1992年12月のソ連崩壊の影響で貨物輸送量が大幅に減少し財政面でも問題が生じた事から、2TE121形の走行路線を継承したロシア鉄道とウクライナ鉄道はそれ以上の導入を取りやめた。更に構造が複雑だった事から製造メーカーであるルガンスクディーゼル機関車工場以外での修繕は困難であり、前述の通り部品調達も難しい状況であった。その結果、1990年代までにウクライナ鉄道が所有していた2TE121形は全車運用から離脱し、ロシア鉄道の残存車も2000年代までに引退した。
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