神宮との繋がり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/25 15:31 UTC 版)
江戸期の桑名は東海道における伊勢国最初の宿場町であり熱田から伊勢に至る海路“七里の渡”は、お伊勢参りの名所として知られる。中世には伊勢神宮の神人の活動が行なわれ、文治元年(185年)には神宮領を管理する役所が置かれるなど、古来より伊勢神宮と桑名には深い繋がりがあった。太夫村の家元達は、江戸時代に伊勢神宮祭主より神道免許を受け、神宮大麻を持ち全国を回檀した。また、12月23日に増田神社にて執り行われる『神講』は、年に一度本殿の御扉が開放され益田大明神の降臨を迎える最も尊ばれる祭事であるが、この祭事は江戸時代、年に一度伊勢内宮の御師『荒木田孫福館太夫』を太夫村にて迎え入れ、共に祭事を行った事に由来したものである。かつては遷宮の年のみ内宮・外宮にて神楽奉納を執り行うのみだったが、現在では毎年4月14日には全家元・神楽師達が内宮へと御垣内参りし、内宮参集殿能舞台にて総舞を奉納するなど、明治4年の神宮改革を経て御師制度が廃止となった現在でも神宮との繋がりが続いている。
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