源姓国安氏系譜とは? わかりやすく解説

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源姓国安氏系譜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/14 07:51 UTC 版)

国安氏」の記事における「源姓国安氏系譜」の解説

国安氏系譜佐竹氏一門山入氏とほぼ同一である。このことから、国安山入改めた姓か、あるいは庶家かと思われる系譜 佐竹師義国安)-興義-祐義-義知=義真-義藤-氏義-義盛 秋田県公文書館編『系図目録I』には以下の系図載せる。なお、佐竹氏家臣記録である『佐竹家系譜』にも系図収録されている。 系譜 国安左衛門某-行次-行勝-行道-行長 同じく秋田県公文書館編『系図目録II』には国安氏系図前項の2流を含めて数流載せる。 『國安分流系図系譜 行忠-行思-行友-行正-行家 『國安右衛門三男分流系図系譜-行光-行明-行佐 『國安氏系図』(源姓文化2年1805年2月国安長蔵久徴の代に系図作成される系譜 久忠-久次-久定-久道-久綱-久春-久澄-久徴 『新調國安氏系図』(源姓国安三河守師親は佐竹東家家臣。子の師行の代に秋田下向する。文化4年1807年5月国安兵馬師興の代に系図作成される。なお、師親の娘は、同じく佐竹氏家臣 安島氏嫁ぎ安島大膳亮の室となる。 系譜 師親-師行-師次-師長-師通-師俊-師景-師定-師屋-師慶-師興 『源姓本名山入國安氏系図代々又兵衛襲名する久光の代に佐竹右京大夫義宣に従い秋田下向する。当国安氏系図文化4年1807年5月国安兵馬久要の代に作成される。なお、秋田県公文書館茨城県立歴史館安島吉兵衛主税筆『系図 佐竹山城家人安島吉兵衛』によると、佐竹東家家臣 安島吉兵衛次の二女国安又兵衛嫁ぐとある。ただし、いずれの代か不詳。さらに、佐竹氏記録では、「国安又兵衛はもとは二階堂一族佐竹義宣仕う」とある。 系譜 久光-久次-久忠-久重-久定-久明-久孝-久要 『國安次男系図前項国安久忠三男 久恒を祖とする。文化3年1806年11月26日国安右衛門久正の代に系図作成される系譜 久恒-久茂-久髙-久常-久慶-久正 『國安次男系図前項国安久孝四男 国安利左衛門久能を祖とする。文化3年1806年11月26日国安右衛門久正の代に系図作成される系譜 久恒-久茂-久髙-久常-久慶-久正

※この「源姓国安氏系譜」の解説は、「国安氏」の解説の一部です。
「源姓国安氏系譜」を含む「国安氏」の記事については、「国安氏」の概要を参照ください。

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