浄飯王とは? わかりやすく解説

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じょうぼん‐のう〔ジヤウボンワウ〕【浄飯王】

読み方:じょうぼんのう

《(梵)Śuddhodanaの訳》前6世紀ごろの中インドの加毗羅衛(かびらえ)の国王釈迦牟尼(しゃかむに)の父。妃は拘利(くり)族の王女摩耶(まや)。


浄飯王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/22 00:51 UTC 版)

浄飯王
釈迦族の王

全名 閲頭檀
配偶者 摩耶夫人
  摩訶波闍波提
子女 釈迦
孫陀羅難陀
父親 師子頬王
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浄飯王(じょうぼん・おう(のう)、名前については後述)は、釈迦族の王にして釈迦の実父。カピラヴァストゥの城主。

名前

人物・出身

親族の名前及び身辺は経典によって差異があるが、父王(つまり釈迦の祖父にあたる)の名は、おおむね師子頬王(ししきょうおう、Skt:PaliSīṃhahanu )で統一されている(なお、衆許摩訶帝経2では「星賀賀努」、五分律15では「尼休羅」となっている)。

有部破僧事2によると、師子頬王英語版の子で、善悟王の次女・大幻化を娶(めと)る。般茶婆(パンダヴァ族)の反逆を討って、善悟王の長女・幻化を娶るがカピラヴァストゥの規定である「一王二妃を娶らず」という、家制を初めて破ったという。

仏本行集経:賢劫王種品第三では、師子頬王には四男一女おり、その長男を閲頭檀と音写するが、これは釈迦の実父、すなわち浄飯王である。また天臂城(デーヴァダハ英語版)の善覚王(スプラブッダ英語版)の八女はすべて師子頬王の王子に二妃ずつ嫁いだが、そのうちの一女・為意と八女・摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)が浄飯王の妃となったと伝える。

一般的に、摩耶夫人を娶り、ガウタマ・シッダールタ釈迦)を生んだとされる。しかして摩耶夫人は釈迦を生んで7日後に亡くなったので、摩耶の妹である摩訶波闍波提をまた娶って、釈迦の乳母となった。釈迦は成長して耶輸陀羅(耶輸多羅)を妃に迎え、羅睺羅を生むと出家したが、その際に浄飯王は出家に反対した。しかし釈迦がついに出家すると、五比丘を遣わして警護させた。

釈迦が成道後初めてカピラヴァストゥに帰って説法すると、摩訶波闍波提の子である孫陀羅難陀や諸々の王子、そしてラーフラ(羅睺羅)までもが出家してしまった。王はこれを悲しんで、仏に「以後は父母の許可なくして出家するのを得ざる制度を設けてくれ」と要請すると、仏はこれを受け入れたという。

ダンマパダによると、釈迦が成道して初めて帰城したある時に、ニグローダゴーパ園で説法したが、それが終ると大衆はみな去り、一人も仏を要請する者はおらず、浄飯王も「仏は我が子なれば、云わずとも我が家に来るべし」として、別に要請せずに去り、食事を用意した。仏は翌日に城に入り、実家に行乞すると王はこれを聞き知り、急いで仏のもとへ行き「我が子よ、何故に我を恥ずかしめるのだ」と責めた。仏は「否、これは父を恥かしめているのではないのです。これは我が家系の定めなのです」と言った。王は「我が家系に乞食の定めはないぞ」というと、仏は「我が家系とは王系をいっているのではなく、諸仏の家系を言っているのです」と言い、種々の説法をした。すると浄飯王はこれを聞いて預流果に入ったという。また王の臨終の際には、仏はその床に座し、白い傘の下で静かに寝て応果を得たという。

『浄飯王般涅槃経』及び、『今昔物語集』巻二の第一「父の死に接した釈迦の話」には、浄飯王が病み、仏に見(まみ)えんことを欲すると、仏はナンダ、ラーフラ、アーナンダを率いて来て見舞い、浄飯王は死して四天王がその棺を担いだとある。

一説に、浄飯王が亡くなったのは、釈迦仏が成道して5年目のことで、79歳、あるいは97歳といわれている。

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