民自党圧勝、新民党・民主党惨敗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/05/26 14:23 UTC 版)
「1991年韓国地方議会議員選挙」の記事における「民自党圧勝、新民党・民主党惨敗」の解説
広域議会選挙は、与党民自党が大勝し、野党である新民党と民主党が共に敗北する結果となった。民自党は湖南地方(光州・全羅南道・全羅北道)と済州道以外の全地域(11地域)で広域議会の過半数を制し、議会を掌握することが出来た。浮動層が多く、各党間で激戦が展開された首都圏(ソウル市・仁川市・京畿道)においても、ソウル市(132議席)で全議席の83.3%に当たる110議席を、仁川市では全議席の74.1%にあたる20議席、京畿道では117議席中94議席を占め、圧倒的な勝利を手にすることが出来た。 一方、選挙前に地域政党からの脱皮を目指して平民党と在野勢力が合同して結成された新民党は、広域議会の総議席866議席中、165議席を得るに留まった。しかも、165議席中137議席は湖南地方で獲得したものであり、ソウル市を初めとしたそれ以外の地域では28議席に留まり、江原道や忠清道、釜山と大邱、慶尚北道、済州道では1議席も獲得できなかったことで、湖南政党としての性格がより強まる結果となった。また、同じ野党で結党以来、高い支持率を維持してきた民主党も469名の候補者中21名の当選、李基澤総裁の地元である釜山市(51議席)でさえ1名の当選に留まるなど厳しい結果となった。そして、革新政党としての勝利を目指した民衆党は江原道の旌善郡で1名が当選するに留まった。また無所属候補は115名が当選したが、この内97名は与党系とされるため、これを加算した与党系の議席は661議席(76.3%)と全体の4分の3を超える結果となった。
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