母の字をふれば鈴の音春の山
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出 典 |
月の茗荷 |
前 書 |
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評 言 |
句集『月の茗荷』 平成二十年刊。 鳥居真理子俳句についてはこの一冊しか知らない。第一句集『鼬の姉妹』は既に絶版とか。難解と評される作品だが、その独自の世界は多くの読者を惹きつけるのだろう。読み手は作者によって選び取られた一語一語が、作者の感性を通し情感につつまれて現れた世界に眩惑されつつも、自由に楽しんでゆければ佳しとしたい。 『月の茗荷』という題名が美しい。その帯文に作者は「~月の煌々と輝く庭の隅、小柄な母がからだを折るようにして茗荷を摘み取っていた。~」と、遠い日の記憶を記している。そこに見えるのは作者にとってはかけがえのない母上の俤であろうが、読む者にはこの一文から冴え亙る月の明るさの中に、女人の後ろ姿が小さくしかし玲瓏と浮かんでくる。 ところで「葱抜いて月夜の母が見あたらぬ」「はつ雪のはじめのいろの母のこゑ」など十余に及ぶ「母」の句から掲句を選んだ。「母」という字は「女」に乳房を示す点を加えて「はは」の意を表す象形文字というが、真理子俳句を書き写してゆくと「母」の字にある点々は、涙の滴のようにも思えるしリンリンという小さな鈴の音のようにも思えて来る。 もう一句好きな句を。 陽炎や母といふ字に水平線 「母」一字を大きく書いてみる。真ん中の一画を長くゆっくりと引いてみる。一本の線が海のかなたの遙かな水平線に見えて来る。「海」という字には「母」がいると誰かが言ったが、「母」という字の中にも海が広がる。そしてこの句の中にも「炎」「母」「平」点々が浮かび、振れば波音に交じって微かなしかし明るい音が聞こえてくるような気がする。 |
評 者 |
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備 考 |
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