横浜・川崎地区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/13 00:15 UTC 版)
今柊二が「横浜・川崎地区」にある「ケチャップライスの中にカツが入った長崎と違うタイプ」としているもの。「中入れ方式」とも呼び、また「横浜・川崎型トルコライス」「京浜トルコ」とも記している。俵慎一はケチャップライスとカツをまぶすと表現している。 川崎市の中華料理店「かどや」は戦後まもなく渋谷駅前の大衆食堂「渋谷食堂」で食べたものを後になってまねたという。渋谷食堂は現在の渋谷の万葉会館だが、万葉会館には当時のメニューは残っていないという。東急東横線沿線の多くの店でメニューに加わったが、姿を消していったという。俵慎一は「ケチャップライス+トンカツデミグラスソース+ケチャップライスという三層構造」とする。 本牧の「キッチンさし田」は1975年に移転して来る前は蒲田のミスタウンという映画館街にあり、その頃からトルコライスがメニューにあったという。俵慎一は「洋食系のポークカツレツのテイストのトンカツ」が「一口サイズに刻まれていて、ケチャップライスに隠されている」とする。 横浜の「ミツワグリル」ではもともとケチャップライスの中にトンカツが入っていたのを、一見してカツが入っているのがわからないとしてカツを上にのせるようになったとする。店主は名前の由来について「トルコ式サウナのように中に入っているからトルコライスという説もあった」と述べている。 今柊二はこれらの店舗の調査から戦後の東京南部・川崎・横浜ではトルコライスはそれほど特別なメニューではなく、親しまれたメニューであったと判明するとした。
※この「横浜・川崎地区」の解説は、「トルコライス」の解説の一部です。
「横浜・川崎地区」を含む「トルコライス」の記事については、「トルコライス」の概要を参照ください。
- 横浜・川崎地区のページへのリンク