旧・高春行説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/25 07:12 UTC 版)
英姫の本名は高春行(コ・チュネン〈チュンヘン〉、朝: 고춘행、Ko Ch'unhaeng / Go Chunhaeng)で、1950年3月11日に生まれ、本貫は済州高氏とした説で、日本ではそれまで通説となっていた。しかし、デイリーNKの高英起は、春行の生年月日(1950年3月11日)が、英姫とはまったくちがうことを日本の公式資料から明らかにした。さらに春行が同じ帰国者男性と結婚して2人の子どもがいる記事が、北朝鮮公式メディアに2度にわたって掲載されていることを突き止めた。これによって、春行と英姫は別人であることが立証された。 春行は、日本の大阪市生野区鶴橋のコリア・タウンで生まれた。家は父と母親、兄と2人の弟、妹の7人家族だった。北鶴橋小学校在学中の1961年11歳の時、5月に家族全員とともに北朝鮮に渡った。父の高太文は北朝鮮国内で柔道の指導者となり、同国の柔道の発展に力を尽くした。2006年、春行は平壌において『柔道愛国者』という手記を発行している。 毎日新聞編集委員の鈴木琢磨は、『金正日と高英姫』のなかで「高春行こそ高英姫」であるとしていたが、高英起による新説が発表されると「特集ワイド:北朝鮮後継者・金正恩氏の母の軌跡朝鮮画報に定説覆す情報」(「毎日新聞」夕刊2011年6月23日号記事)のなかで「高ヨンジャこそ高英姫」だとして自説を撤回している。
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