新司令官
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 17:50 UTC 版)
3月6日、第II軍団の強化を行う仕事を担うために、ジョージ・パットン少将が司令官に任命された。パットンはアンダーソンの上司になるハロルド・アレクサンダー大将と直接交渉を行った。オマール・ブラッドレー少将も副司令官に任命され、パットンの元で働くこととなった。フリーデンダールはアメリカへ帰ることになり、他数人の指揮官も追い出されるか、「予想を覆して」昇進した。フリーデンダールと違い、パットンは「実行型」の指揮官であり、パットンが出す命令による行動、もしくは支援を要請する他の部隊を救援するときには許可を要請する気は微塵も存在しなかった。 スタッフォード・リロイ・アーウィン准将(カセリーヌ峠で第9歩兵師団の直属砲兵部隊の効果的砲撃を指揮していた)は 「Nickforce」で有名であったキャメロン・ニコルソン少将と同様、有能な師団長であったが、パットンは彼等のその有能な指揮振りから部隊を集中させ、上位組織からの命令を受けずに現場で臨機応変に作戦を変更できる自由裁量権を与えた。さらに、パットンは戦線で部隊を指揮するにあたり、戦闘指揮所を前線近辺に動かすよう(フリーデンダールは後方約112km地点に指揮所を置いており、前線にはめったに訪れることがなかった)命令した。アメリカ第1機甲師団師団長オーランド・ワードはカセリーヌ峠の戦い以降、用心深くなっていたが、これはパットンにより、ハーモンと交代することとなった。
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