教皇の指定
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1942年9月12日、中国がまさに日中戦争の困難にある最中に、ローマ教皇ピオ12世は佘山教堂を二級バシリカ (minor Basilica) に指定した。これで極東で初の教皇が指定したバシリカとなった。 1946年5月8日、ローマ教皇庁は佘山に一つの特典を与え、佘山の聖母 (Our Lady of Zose) に戴冠式を行うことを許した。南京大司教于斌と上海司教恵済良は「進教之佑聖母托小耶稣像」に戴冠式を挙行し、参加した信徒は1万人余りにも達した。1947年5月18日、教皇庁の新任教皇大使リベリ大司教は代表全国の中国カトリック教徒を代表して再度の奉献をし、「中国を聖母に奉献する誦」を朗読した。
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