改革教育学にとっての彼の意味
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/10/04 14:15 UTC 版)
「フリードリッヒ・ディースターヴェーク」の記事における「改革教育学にとっての彼の意味」の解説
ヴィンフリード・ベームは、その『教育学の歴史』(Geschichte der Pädagogik)の中で、「とりわけ、ディースターヴェークが、教育学的に洞察し捉えようとした(...) 自然の成熟や成長の過程に付き添いながら支えるという意味での、自然にかなった、あるいは自然的な教育学の理念」と説明し 、これによりディースターヴェークは、ベームによれば、「後年の改革教育学の多くの基本的な思想や主張をほぼ100年近く先行していた」ということになる。「1820年頃の自然主義、超自然主義、教育学、あるいは教会教義の間の激しい論争の中で彼は自然主義に組するかなり大きな潮流をリードしていた。」 自然主義についてディースターヴェークの重要な主張をベームは以下のように要約している。 「超自然主義がーキリスト教の原罪や敬虔主義の否定的な人間像に幻惑されてー人間本性を発展させる代わりに、意気消沈させ、子供を自己活動へと伸ばしていく代わりに受身一辺倒に押しつぶしてしまうのに対して、自然主義は『子供から』出発し、その子本来の愛好や関心、欲求を教育的に豊かなものに高めようとする。子供はその外にある何らかの規則に服従させられるべきではなく、自ら自由にのびのびと発展し、望むがままに発展していけるべきものということを、まずもって教育学の原理原則としなくてはならない。」 (Diesterwegs Tagebuch 1818-1822, hg. von H. G. Bloth, 1956)“
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