慈恵医大病院医師不同意堕胎事件
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慈恵会医大病院医師不同意堕胎事件(じけいかいいだいびょういんいしふどういだたいじけん)とは、男性医師が、妊娠した交際相手の女性を同意なしに堕胎させた事件である。この事件では出産を望んでいた女性の意思を無視し、自己保身のため堕胎させた点が「不同意堕胎罪の要件を満たす」ため、同罪が適用された極めて珍しいケースとなった[1]。
事件の概要
2009年(平成21年)1月、東京都の東京慈恵会医科大学附属病院に勤務し、金沢市内の病院に出向していた男性医師は30歳代の女性看護師と交際していたが、その女性が妊娠した[2]。しかし、医師は別の女性との婚姻話が進んで結婚したため、女性が妊娠したことが妻に知られて離婚という事態になることを恐れた男性は数回にわたり「ビタミン剤」と称して子宮収縮剤の錠剤を飲ませたほか、「水分と栄養を補給するため」などと偽り、収縮剤を点滴し陣痛誘発剤も使用して女性を流産させた[2][3]。なお、胎児は妊娠6週目であった[2]。
捜査
流産したことを不審に思った女性は本所警察署に相談。相談を受けて警視庁刑事部捜査第一課は、医師の知識を利用した悪質性を考慮して強制捜査に乗り出した[2][4]。
2010年5月18日、警視庁刑事部捜査第一課は金沢市内の病院に出向中の医師(当時36歳)を不同意堕胎容疑で逮捕した[2]。
逮捕後、捜査第一課は医師が病院から子宮収縮剤を不正入手したと見て病院を家宅捜索。2008年(平成20年)12月31日と2009年(平成21年)1月1日の2度にわたって不正入手したことを突き止めた[注 1][7][8]。さらに女性に打った点滴の輸液パックは横浜市の実家にある内科医院で入手したことも分かった[9]。
医師は当初否認していたが、後に「産ませたら(女性と子供が)不幸になると思った」と供述して事実関係を認めた[2][10]。医師はこの事件で勤務先を懲戒解雇された。
2010年6月8日、東京地検は医師を不同意堕胎罪で起訴した[11]。不同意堕胎罪が適用されるのは異例[11]。
裁判
2010年7月27日、東京地裁(田村政喜裁判長)で初公判が開かれ、罪状認否で起訴事実を認めた[12]。
冒頭陳述で検察側は、被告人が女性と妻に互いの存在を打ち明けていなかったため、「被害者が子どもを産めば、妻との結婚が破談になると考えた」と指摘[12]。また、女性の出産の意思が強かったことから「だまして子宮収縮剤を服用させるしかないと考えた」と主張した[12]。
2010年8月5日、論告求刑公判で検察側は「生命を守るべき医師の立場や知識を悪用した計画的で無情な犯行で、実刑に処すべきだ」として懲役5年を求刑した[注 2][14]。弁護人は、被告人は解雇されたうえ、医師免許の返上を申し出るなど社会的制裁を受けたとして執行猶予を付けるように求めて結審した[14]。
2010年8月9日、東京地裁(田村政喜裁判長)は「生命を尊重すべき医師という立場を利用して犯行に及んだことは強い社会的非難を免れないが、勤務先を懲戒解雇されるなど、社会的制裁を受けている」などとして懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した[15]。この判決に対し、検察側と弁護側の双方が控訴しなかったため、控訴期限を迎えた8月24日午前0時をもって判決が確定した[16]。
2011年2月23日、厚生労働省は医道審議会医道分科会の答申を受けて、刑事事件で有罪が確定した医師41人と歯科医師18人に対する行政処分を決定[17][18]。
脚注
注釈
出典
- ^ 「不同意堕胎の医師に猶予判決 交際女性は「厳しい判決」望んだが…」『MSN産経ニュース』2010年8月9日。オリジナルの2010年8月10日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b c d e f 「同意なく堕胎で医師逮捕 交際女性に投薬容疑、本人は否認」『日本経済新聞』2010年5月18日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「医師が堕胎への関与認める 慈恵医大病院など家宅捜索」『北海道新聞』2010年5月25日。オリジナルの2010年5月29日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「不同意堕胎の医師に逮捕状」『MSN産経ニュース』2010年5月18日。オリジナルの2010年10月30日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「妊娠伝え10日後に流産 堕胎容疑の医師 すぐに犯行計画か」『MSN産経ニュース』2010年5月20日。オリジナルの2010年10月30日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「担当患者名で処方箋偽造、薬入手 不同意堕胎容疑の医師」『朝日新聞』2010年5月21日。オリジナルの2010年5月24日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「勤務先から2回入手 不同意堕胎事件で警視庁が慈恵医大を捜索」『MSN産経ニュース』2010年5月25日。オリジナルの2010年8月12日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「勤務先から点滴薬を不正入手 輸液バッグは実家から 堕胎容疑の医師 警視庁」『MSN産経ニュース』2010年5月26日。オリジナルの2010年8月19日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「点滴パックは実家の医院で入手か 不同意堕胎容疑の医師」『朝日新聞』2010年5月26日。オリジナルの2010年5月28日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「「産ませたら不幸になる」 容疑の医師が供述 不同意堕胎事件」『MSN産経ニュース』2010年5月28日。オリジナルの2010年8月12日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b 「不同意堕胎罪で医師を起訴 東京地検」『日本経済新聞』2010年6月8日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b c 「不同意堕胎、医師の被告「起訴内容の通り」 東京地裁で初公判」『日本経済新聞』2010年7月27日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「不同意堕胎で医師逮捕へ 交際相手に投薬疑い 警視庁 (3/3ページ)」『MSN産経ニュース』2010年5月18日。オリジナルの2010年5月20日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “交際女性の同意なし堕胎、医師に懲役5年求刑”. 読売新聞. (2010年8月5日). オリジナルの2010年8月6日時点におけるアーカイブ。 2010年8月14日閲覧。
- ^ 「不同意堕胎で医師に有罪判決 懲役3年・猶予5年」『日本経済新聞』2010年8月9日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「不同意堕胎の医師、有罪確定へ 東京地検も控訴見送り」『日本経済新聞』2010年8月23日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
- ^ “2011年2月23日 医道審議会医道分科会議事要旨”. 厚生労働医政局医事課 (2011年2月23日). 2022年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年11月25日閲覧。
- ^ 「医師ら41人を行政処分 厚労省」『日本経済新聞』2011年2月23日。オリジナルの2025年1月8日時点におけるアーカイブ。
関連項目
- 慈恵医大病院医師不同意堕胎事件のページへのリンク