広島区役所から広島市役所へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 15:25 UTC 版)
「広島市役所」の記事における「広島区役所から広島市役所へ」の解説
1878年(明治11年)11月1日、同年制定された郡区町村編制法により広島県第一大区が「広島区」(「区」は県の下の行政単位で概ね県庁所在地のうち人口密集の町に与えられた)と改称されると区の役所は大手筋一丁目(現・中区大手町)に置かれたが、ほどなく12月23日には新川場町(現・中区小町)の正清院に移転した。ついで1882年7月1日には中島新町(現・中区中島町)の善福寺隣の旧広島藩米倉の跡地に木造の新庁舎が落成し、ここに移転した。 1889年(明治22年)4月1日の市制施行により設置された広島市役所はそれまでの広島区役所をそのまま継承、9月21日には開庁式を挙行した。この時期、市役所が中島地区に置かれた背景には、当時この地が藩政期以来の大商業地区であった(中島町 (広島市)を参照)ことが挙げられるが、中島新町に隣接する水主町(藩政期以来の武家屋敷町)には広島県庁・県病院が置かれ、この近隣は市政・県政の中枢地区としての地位を占めていた(県庁・県病院は原爆被災により壊滅するまで同町で存続した)。
※この「広島区役所から広島市役所へ」の解説は、「広島市役所」の解説の一部です。
「広島区役所から広島市役所へ」を含む「広島市役所」の記事については、「広島市役所」の概要を参照ください。
- 広島区役所から広島市役所へのページへのリンク