寿永2年10月宣旨とは? わかりやすく解説

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寿永二年十月宣旨

(寿永2年10月宣旨 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/14 07:13 UTC 版)

寿永二年十月宣旨(じゅえいにねんじゅうがつのせんじ)は、寿永2年(1183年10月朝廷から源頼朝に下された宣旨。頼朝に対して、東国における荘園公領からの官物年貢納入を保証させると同時に、頼朝による東国支配権を公認したものとされる。寿永の宣旨とも。


注釈

  1. ^ 当時、軍兵は現地徴発により宿舎・兵糧を確保することが当然とされていた[2]
  2. ^ 上総広常らは以仁王の令旨を支持する立場から、北陸宮を支持して義仲勢力への合流しようとしていたとする説もある[6]

出典

  1. ^ a b c d 佐藤進一『日本の中世国家』第2章 鎌倉幕府 (岩波現代文庫、2007年。初刊は岩波書店、1983年)。
  2. ^ 川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ』(講談社選書メチエ、1996年)第4章などを参照
  3. ^ 元木泰雄「院政と武士政権の成立」(『日本の中世8 院政と平氏、鎌倉政権』所収、中央公論新社、2002年)など。
  4. ^ a b 元木泰雄「頼朝軍の上洛」(上横手雅敬編『中世公武権力の構造と展開』吉川弘文館、2001年)
  5. ^ a b 上横手雅敬「鎌倉幕府と公家政権」(同『鎌倉時代政治史研究』所収、吉川弘文館、1991年。初出は『岩波講座 日本歴史』5、岩波書店、1975年)。
  6. ^ 保立道久 『中世の国土高権と天皇・武家』 校倉書房〈歴史科学叢書〉第3章「日本国惣地頭・源頼朝と鎌倉初期新制」などを参照
  7. ^ a b 佐藤進一「寿永二年十月の宣旨について」(同『中世史論集』所収、岩波書店、1990年。初出は『歴史評論』107号、1959年7月。)
  8. ^ 佐藤進一「寿永二年十月の宣旨について」(前掲書)のほか、上横手雅敬「鎌倉幕府と公家政権」(前掲書)など。
  9. ^ 山本幸司『頼朝の天下草創』40ページ(講談社、2001年)。
  10. ^ a b 河内祥輔『頼朝の時代 一一八〇年代内乱史』「京攻めの条件」(平凡社、1990年)
  11. ^ 元木泰雄「院政の展開と内乱」(同編『日本の時代史7 院政の展開と内乱』所収、吉川弘文館、2002年)。
  12. ^ 佐藤進一「幕府論」(『中世史論集』所収、初出は1951年)、同「寿永二年十月の宣旨について」。
  13. ^ 石井進「12-13世紀の日本」(『岩波講座 日本通史』第7巻所収、岩波書店、1993年)。
  14. ^ 石井良助「鎌倉幕府の成立時期」(『大化改新と鎌倉幕府の成立』所収、創文社、1958年。)
  15. ^ 近藤成一「鎌倉幕府と公家政権」(『新体系日本史1 国家史』所収、山川出版社、2006年)。
  16. ^ 本郷和人「武士政権の誕生」(『日本の中世』所収、放送大学教育振興会、2007)。


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