富田一色町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/24 17:34 UTC 版)
| 富田一色町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
| |
|
| 北緯35度0分24.84秒 東経136度39分43.34秒 / 北緯35.0069000度 東経136.6620389度座標: 北緯35度0分24.84秒 東経136度39分43.34秒 / 北緯35.0069000度 東経136.6620389度 | |
| 国 | |
| 都道府県 | |
| 市町村 | |
| 地区 | 富洲原地区 |
| 人口情報(2025年10月1日[1]) | |
| 人口 | 1,500 人 |
| 世帯数 | 805 世帯 |
| 設置日 | 1966年(昭和41年) |
| 郵便番号 | 510-8004[2] |
| 市外局番 | 059(四日市MA)[3] |
| ナンバープレート | 四日市 |
富田一色町(とみだいっしきちょう)は、三重県四日市市の町名。郵便番号は510-8004(集配局:四日市郵便局)[2]。
地理
四日市市東部に位置し、東は天カ須賀二丁目、西は富州原町、北東は住吉町、南東は富双二丁目、南西は東富田町に接する[4]。
世帯数と人口
2025年(令和7年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 富田一色町 | 805世帯 | 1,500人 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 四日市市立富洲原小学校 | 四日市市立富洲原中学校 |
歴史
朝明郡富田一色村を前身とする。古くは浜洲で、伊勢湾の潮流によって土砂が堆積し陸地が形成された[6]。地内の龍泉寺の創建が文禄3年(1594年)であり、その頃には集落が形成されていたと考えられている[7]。
寛永16年(1639年)に当地で大火があり、集落の大半が焼失した。その後の復興で、街は防火のために整備された広小路を中心に碁盤目状となった[6][7]。
町名の由来
富田から分離した新開地を意味するとされる[6]。
沿革
大字富田一色
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、朝明郡富洲原村大字富田一色となる[6]。
- 1923年(大正12年)1月1日 - 町制施行に伴い、三重郡富洲原町大字富田一色となる[6]。
- 1941年(昭和16年)2月11日 - 四日市市へ編入し、同市大字富田一色となる[6]。
- 1966年(昭和41年) - 全域が富田一色町・平町・富州原町・松原町・富田三丁目となり廃止[6]。
富田一色町
施設
- 飛鳥神社
- 龍泉寺
- 観浄寺
- 富田一色公会堂
- 水と緑のせせらぎ広場
交通
祭事
- 富田一色けんか祭 - 観浄寺の旧盆行事で、毎年8月15日に開催される。
脚注
- ^ a b 町別人口・世帯数 | 四日市市役所. 2023年4月7日更新. 2023年6月25日閲覧. city.yokkaichi.lg.jp
- ^ a b “郵便番号検索 三重県四日市市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2025年10月20日閲覧。
- ^ 総務省|電気通信番号制度|市外局番の一覧. 2023年6月25日閲覧.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 1299.
- ^ “小・中学校通学区域一覧”. 四日市市 (2017年4月1日). 2025年10月20日閲覧。
- ^ a b c d e f g 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 746.
- ^ a b 四日市市立富洲原小学校 1976, p. 118.
- ^ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1983, p. 747.
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 24 三重県』角川書店、1983年6月8日。ISBN 4-04-001240-2。
- 四日市市立富洲原小学校 編『百周年記念誌』四日市市立富洲原小学校、1976年。
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