安西冬衛とは? わかりやすく解説

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あんざい‐ふゆえ〔‐ふゆヱ〕【安西冬衛】

読み方:あんざいふゆえ

[1898〜1965]詩人奈良生まれ本名、勝。「詩と詩論」の同人初期短詩・新散文詩は、現代詩の展開に新風吹き込んだ詩集軍艦茉莉」など。


安西冬衛

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/23 15:13 UTC 版)

安西冬衛

安西 冬衛(あんざい ふゆえ、1898年明治31年)3月9日 - 1965年昭和40年)8月24日)は、日本詩人である。本名は勝(まさる)。奈良県奈良市出身。

大連で北川冬彦らと詩誌「」を創刊。その後、「詩と詩論」の創刊に参加、新しい散文詩運動を推進した。詩集に『軍艦茉莉』(1929年)、『亜細亜の鹹湖』(1933年)、『韃靼海峡と蝶』(1947年)などがある。

略歴

岸和田藩士の子として生まれる。麹町小学校[1]、堺中学校(現・大阪府立三国丘高等学校)卒業。1920年、父の赴任先であり当時日本の租借地であった大連に渡る。翌1921年関節炎を患い右脚を切断、文学に興味を示し[2]1924年11月、北川冬彦らと詩誌「」を大連で創刊。その後「軍艦茉莉」「亜細亜の鹹湖」「渇ける神」等の詩集を出すかたわら「詩と詩論」「文学」等に拠り活動、現代詩人会会員として終わる。「春」と題した一行詩が有名。

1965年8月24日、尿毒症のため大阪府高槻市大阪医科大学附属病院で死去。67歳没。戒名は法勝院乗願冬衛居士[3]。墓所は高野山奥の院。

岸和田市立岸城中学校堺市立浅香山中学校大阪府立枚方高等学校の校歌、大阪府立泉陽高等学校の生徒歌の作詞をした。

著書

  • 『軍艦茉莉』現代の芸術と批評叢書 厚生閣書店 1929
  • 『亜細亜の鹹湖 詩集』ボン書店 1933
  • 『渇ける神 詩集』椎の木社 1933
  • 『大学の留守 詩集』湯川弘文社 1943
  • 『桜の実 随筆・小品・日記』新史書房 1946
  • 『韃靼海峡と蝶 詩集』文化人書房 1947
  • 『座せる闘牛士 詩集』不二書房 1949
  • 『安西冬衛全詩集』思潮社 1966
  • 『安西冬衛全集』全10巻別巻1 山田野理夫編 宝文館出版 1977-84

脚注

  1. ^ 『日本の詩100年』日本詩人クラブ編 土曜美術社出版販売 2000,8 P210
  2. ^ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 69頁。
  3. ^ 岩井寛『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)20頁

参考文献

  • 全集・現代文学の発見・第十三巻 言語空間の探検(學藝書林)

外部リンク

安岡正篤、




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