外宮の四至神
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/09/30 05:46 UTC 版)
外宮所管社の四至神は、外宮神域の九丈殿と五丈殿の建つ大庭(おおば)に鎮座する。九丈殿の南に一段高い石段があり、その上に榊(さかき)が1本だけ立つという簡素なたたずまいである。榊の根元には特徴的な形をした石が据えられているため、参拝者の中には石を拝むものと勘違いする者がいるが、これは誤りである。 『延暦儀式帳』に宮廻神(みやのめぐりのかみ)200余座を年に3度祭る旨が記されているのが最古の記録であるが、祭祀をどこで執り行ったのかは分かっていない。中世には複数の古文書に四至の神が44座あり、宮中で祭ると記されているが、やはり「宮中」の具体的な場所は不明である。近世になると「廻神16座」と称し、16所の石段の前で2月と10月の最初の午の日に榊や御幣を立てて祭り、大晦日にも花榊を立て、供物を奉ったと記録されている。しかしながら、外宮境内には摂末社の遥拝所として石積みが多数築かれるようになり、四至神の鎮座地の石積みなのか、遥拝所の石積みなのか区別が付かなくなってしまった。 区別ができなくなったことから、明治の最初期に境内のすべての石積みの整理が行われた。しかし、由緒ある四至神の祭祀を絶やすわけにはいかないことから、明治4年(1871年)に九丈殿で祭儀を行い、16所の四至神のうちの1所であった九丈殿前の石段を外宮所管社・四至神の祭場として定めた。以降は年に5回、奉幣の儀が四至神に捧げられる。
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