台湾総督府警察官
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満期除隊後、湯河原町の小学校教員となるが、1930年(昭和5年)に職を辞して台湾に渡り、当時難関の職業であった台湾総督府巡査を志願し晴れて合格した。当時の台湾の警察官は治安維持の他にも台湾島民の文化水準を引き上げる役割を担っており、廣枝は頭脳明晰でありながら温厚な人柄により「仁慈と博愛心に富んだ聖人的な人格である」と部下たちから慕われただけでなく、島民からの信頼も厚かった。 1937年(昭和12年)日支事変により陸軍運送部基隆第22碇泊場司令部付として応召、翌年除隊。1942年(昭和17年)に警部に昇進した。
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