古代エジプト人の魂とは? わかりやすく解説

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古代エジプト人の魂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/18 06:53 UTC 版)

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古代エジプト人の魂(こだいエジプトじんのたましい)では、古代エジプト人たちの霊魂観について解説する。

概要

古代エジプト人たちは、人間霊魂が5つの要素からなると信じていた。「イブ」、「シュト」、「レン」、「バー」、「カー」である。これら魂の構成要素の他に人間の体「ハー」があり、これは時には複数形で「ハウ」と呼ばれ、体の各部の集まりをおおよそ意味した。他の魂には、「アーク(Akh)」、「カイブト」、「カート」があった。

これらは、古代エジプト人が死後の再生、「第二の誕生」を得るために肉体を保持しなければならないと信仰したことに理由がある。肉体は、ミイラとして保存された。同じように霊魂を構成する5つの要素も保持しなければ再生が得られないと考えたのである。また、これらが守られず再生が果たされないことを「第二の死」と捉えた。

イブ(心臓)の計量。中央左がアヌビス、その右の怪物がアメミット。秤の左右には心臓と「マアトの羽根」。

イブ(心臓)

jb (F34) "心臓"
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魂の一部分として「レンドイツ語版rn「名前」)」が出生時に人間に与えられ、その名前が話される限り生き続けられるとエジプト人は、信じていた。

それに加え、名前は、その人格を形成する重要な要素であると見なされており、その人の名前を知ることによって、善あるいは悪の力が、その人に近づくことができると考えられていた。[5]

このために名前を保護するための努力がなされ、また数多くの書き物に名前を入れることが行われていた。例えば『死者の書』の派生作品である『呼吸の書』の一部は、名前の生存を確保するための手段であった。名前を囲み保護するためにしばしばカルトゥーシュ(魔法の縄)が用いられた。逆にアメンホテプ4世のように死後にモニュメントなどから名前を削り取られたファラオも存在した。これは、一種の「ダムナティオ・メモリアエ」とも考えられる。しかし時には、経済的に新しいモニュメントを建造できずに後継者の名前を挿入する場所を作るために名前が外されてしまうこともあった。

このため名前が多くの場所で使われれば、その名前が後まで残り、読まれ話される可能性も大きくなった。

バー(魂)

バードイツ語版
bȝ (G29)
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アクのグリフ

アク」(Ꜣḫ 、「(魔術的に)有効なもの」)[10] は、死者の概念である。これは、古代エジプト人の信仰の長い歴史の中で変化していった。

主に死後、楽園アアルで「バー(霊魂)」と「カー(精神)」が結びついたものと考えれた。つまり死後の再生、「第二の誕生」を果たした姿と信じられた。

古代エジプトにおいて初めアクは、思考と関連付けられていたが心の働きとしてではなく、むしろ生きた統一体としての知性としてであった。アクは、まだ来世でも1つの役割を演じた。カートが死ぬとバーとカーは、再結合してアクを甦らせるのである[11]。アクの復活は、適切な葬送儀礼が執り行われ、継続的な捧げ物がなされる場合にのみ可能とされた。この儀礼は、「セ・アク(死者を生きたアクにする)」と呼ばれた。

このため新王国時代には、もし墓が管理されなくなってしまうとアクは、一種の幽霊もしくは彷徨う「死者」にさえなった。アクは、生者たちに害も益も及ぼすことがあり状況によっては、例えば悪夢、罪悪感、病気などを引き起こすと考えられた。またアクは、祈りや墓の奉納堂に手紙を置くことで生きている家族たちを助けるために呼び出すことができた。例えば紛争に介入し、あるいは、地上の事柄に良い方向の影響を及ぼすことのできる他の死者や神々に訴え掛け、あるいは罰を下すと考えられた。

アクの分離とカーとバーの合体は、死後に適切な供物が捧げられ、また適切で有効な呪文を知っていることによって引き起こされるが再び死んでしまうという危険も付随していた。コフィン・テクスト英語版や『死者の書』のような葬祭文書は死者が「もう一度死なず」に「アク」となることを助けることを意図したものであった。

相互関係

死者の書』より「口開けの儀式」の場面

古代エジプト人たちは、人の「カー」が体を離れるときにが起きるのだと信じていた。「口開けの儀式(wp r)」と呼ばれるものを含む、死後に神官により執り行われる儀式は、飲食・呼吸・見聞などの死者の身体的能力を回復させる[12]だけでなく、バーを身体から解放することも意図していた。これによりバーは、来世でカーと1つになりアク(3 「有効なもの」)となることができるようになるのである。

ジャコモ・ボリオーニの『宗教学の見地から見たカー』(Der Ka aus religionswissenschaftlicher Sicht)によれば、カーは人間存在における「自己」であった。

エジプト人たちは、来世を通常の身体的な存在とかなり似たものと想像していたが、そこには違いもあった。この新しい存在のモデルは太陽の行程であった。夜には太陽はドゥアト(冥界)へと下る。そこで太陽は、ミイラとなったオシリスの体に会う。オシリスと太陽は、互いによって再びエネルギーを得て次の日の新しい生へと立ち上がる。死者にとっては、その体と墓は、自分にとってのオシリスとドゥアトなのであった。この理由からこれらは、しばしば「オシリス」と呼ばれた。この過程が機能するためには、バーが夜に戻ってきて、朝には新しい生へと立ち上がってゆけるよう身体にある種の保存を行うことが必要とされ、このため遺体はミイラとされた[13]。しかしながら完全なアクは星辰として現れるとも考えられていた[14]末期時代になるまでは、太陽神との一体化は王族のみのもので、王族以外のエジプト人は太陽神と一体化するとは考えられていなかった[15]

来世へ行った人を助ける呪文を集めた『死者の書』はエジプト語では『日下出現の書』と呼ばれていた。これらの書物は「冥府でもう一度死なない」ようにし、またその人のことを「常に記憶しておく」ための呪文を含み、来世での破滅を避け、存在し続けることを助けるものであった。エジプト人の信仰においては死後にもう一度死ぬということが起こり得、この死は恒久的なものであった。

第18王朝州執政官ドイツ語版であったパヘリの墓には、この存在の雄弁な記述があり、ジェームズ・ピーター・アレン英語版によりこう訳されている。

汝の生命は再び始まった、汝のバーは汝の神聖な体から隔離されることなく、汝のバーはアクと共にあり……汝は日毎に立ち上がり、夜毎に戻るであろう。夜には汝のために明かりが灯されるであろう、陽光が汝の胸に射す時まで。汝は告げられるであろう――「ようこそ、ようこそこの汝の生の家へ!」

脚注

  1. ^ Greater Things, Father
  2. ^ Britannica, Ib
  3. ^ Slider, Ab, Egyptian heart and soul conception[リンク切れ]
  4. ^ 吉村2005、96頁
  5. ^ a b Kodai ejiputojin. David, Ann Rosalie., Kondō, Jirō, 1951-, 近藤, 二郎, 1951-. 筑摩書房. (1986). ISBN 4-480-85307-3. OCLC 673002815. https://www.worldcat.org/oclc/673002815 
  6. ^ 吉村2005、63頁
  7. ^ "Oxford Guide: The Essential Guide to Egyptian Mythology", en:James P. Allen, p. 28, Berkley, 2003, ISBN 0-425-19096-X
  8. ^ [Borghouts 1982]
  9. ^ "A Study of the Ba Concept In Ancient Egyptian Texts.", p. 162-163, Louis V. Zabkar, University of Chicago Press, 1968 [1]
  10. ^ Allen, James W.. Middle Egyptian : An Introduction to the Language and Culture of Hieroglyphs. Cambridge, UK: Cambridge University Press. ISBN 0-521-77483-7 
  11. ^ EGYPTOLOGY ONLINE, 2009
  12. ^ 吉村2005、100頁
  13. ^ 吉村2005、92頁
  14. ^ Ancient Egyptian Religion: An Interpretation by Henri Frankfort, p. 100. 2000 edition, first copyright 1948. Google Books preview retrieved January 19, 2008.
  15. ^ 26th Dynasty stela description Archived 2007年9月29日, at the Wayback Machine. from Kunsthistorisches Museum Vienna

参考文献

関連文献

  • Allen, James Paul. 2001. "Ba". In The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt, edited by Donald Bruce Redford. Vol. 1 of 3 vols. Oxford, New York, and Cairo: Oxford University Press and The American University in Cairo Press. 161–162.
  • Allen, James P. 2000. "Middle Egyptian: An Introduction to the Language and Culture of Hieroglyphs", Cambridge University Press.
  • Borghouts, Joris Frans. 1982. "Divine Intervention in Ancient Egypt and Its Manifestation (b3w)". In Gleanings from Deir el-Medîna, edited by Robert Johannes Demarée and Jacobus Johannes Janssen. Egyptologische Uitgaven 1. Leiden: Nederlands Instituut voor het Nabije Oosten. 1–70.
  • Borioni, Giacomo C. 2005. "Der Ka aus religionswissenschaftlicher Sicht", Veröffentlichungen der Institute für Afrikanistik und Ägyptologie der Universität Wien.
  • Burroughs, William S. 1987. "The Western Lands", Viking Press. (fiction).
  • Friedman, Florence Margaret Dunn. 1981. On the Meaning of Akh (3ḫ) in Egyptian Mortuary Texts. Doctoral dissertation; Waltham: Brandeis University, Department of Classical and Oriental Studies.
  • ———. 2001. "Akh". In The Oxford Encyclopedia of Ancient Egypt, edited by Donald Bruce Redford. Vol. 1 of 3 vols. Oxford, New York, and Cairo: Oxford University Press and The American University in Cairo Press. 47–48.
  • Jaynes, Julian. 1976. The Origin of Consciousness in the Breakdown of the Bicameral Mind, Princeton University.
  • Žabkar, Louis Vico. 1968. A Study of the Ba Concept in Ancient Egyptian Texts. Studies in Ancient Oriental Civilization 34. Chicago: University of Chicago Press

関連項目




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