北海道による鉄道案(1993-2004年)
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「石狩モノレール」の記事における「北海道による鉄道案(1993-2004年)」の解説
1993年5月の北海道の試算では新琴似駅から国道231号沿いに北上し西へ向かう9kmのルートで在来鉄道方式の建設を行い1kmあたりの工費を30-40億円として新交通システムの3-4割減で開業7年後の黒字を見込み、建設費は半額を自己資本とし残りを国から無利子融資とした場合25年目での完済で無利子割合が25%または皆無の場合は30年以内の完済は困難とした。また1999年6月には北海道が発寒駅からの分岐計画案について札幌駅への鉄道直接乗り入れを断念し発寒駅乗り換えへの転換を表明、石狩市役所から発寒中央までの11kmに高架単線と6駅を設け総工費790億円で2015年の1日乗客数を2.8万人としていたが補助貸付を最大化しても黒字化までに47年後となることから建設費の4分の1を占める札幌-発寒間の電気信号設備費を削減するとしたが、その後2004年には鉄道事業化は困難と判断された。
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