前1千年紀の編年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/09 16:30 UTC 版)
「古代オリエントの編年」の記事における「前1千年紀の編年」の解説
紀元前1千年紀の編年で決定的に重要なのは、アッシリアの王アッシュル・ダン3世の統治第10年にニネヴェで観測された日食の記録である。この日食は天文学的な計算によって前763年6月15日に発生したことが確実に同定されている。もう一つ重要な要素は既に述べたリンムの名前を用いたアッシリアの独特の紀年法である。先述の日食はアッシリアの年名では「リンム、ブル・サギレの年」に発生している。前1千年紀については前910年から前649年までの連続した「リンム表」の年名記録が残されており、日食を起点に信頼性の高い絶対年代を復元することができる。加えて、このリンム表がカバーしている時代とプトレマイオスの王名表(カノン)のカバーする時代が一部重複しているため、これを軸に古典古代のギリシア・ローマの記録とも連結することができる。プトレマイオスの王名表は、2世紀に天文学者クラウディオス・プトレマイオスが新バビロニアの初代王ナボポラッサル(ナブー・アピル・ウツル、在位:前625年-前605年)からヘレニズム時代までのバビロニアを含む各国の王、統治年数、日食と月食を記録したものである。また、断片的ではあるが新バビロニア王ナボポラッサル、ネブカドネザル2世(ナブー・クドゥリ・ウツル2世)、ネリグリッサル(ネルガル・シャレゼル)、ナボニドゥス(ナブー・ナイド)の年代誌も残されている。 以上のことから、前1千年紀の編年は現在の暦と連続した信頼性の高い絶対年代を算出することが可能であり、前763年6月15日の日食は古代オリエントの編年における基礎とされている。
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