別宮八幡社とは? わかりやすく解説

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別宮八幡社

読み方:ベツグウハチマンシャ(betsuguuhachimansha)

教団 神社本庁

所在 大分県西国東郡香々地町

祭神 誉田別命 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

別宮八幡社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/26 00:12 UTC 版)

別宮八幡社
所在地 大分県豊後高田市香々地3596
位置 北緯33度40分12.7秒
東経131度31分32.9秒
座標: 北緯33度40分12.7秒 東経131度31分32.9秒
主祭神 誉田別命
息長足姫命
宗像三女神
社格 旧県社
創建 養老年間(8世紀前葉)
本殿の様式 三間社流造
例祭 4月2日
主な神事 おんばれ(7月29日・30日)
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別宮八幡社(べつぐうはちまんしゃ)は、大分県豊後高田市香々地に鎮座する神社旧県社

祭神

由緒

養老年間(717年 - 724年)に国東半島に設けられたとされる宇佐神宮の5つの別宮のひとつであり(天安2年(858年)創建説もある)、現存する4つの別宮の中でも随一の規模を誇る。

祭祀

7月29日、30日の両日に行われる御田植祭(おんばれ)では、氏子が田植えの様子を演じて奉納し、豊作を祈願する。

境内

潮観橋
参道入口の八幡川に架かる橋長10.7m、橋幅2.8m、径間5.8mの石造単アーチ橋。橋の袂に建つ「潮観橋序碑」に由緒や願主が刻まれ、それから天保9年(1838年)から安政5年(1858年)の間に造られたものと推定されている。橋頂要石の先端を橋外に持ち出し、そこから高欄の親柱を支えるという珍しい技法を採り、建設年代がほぼ判明する基準資料としてまた歴史的景観の要素として[1]1982年昭和57年)3月30日に大分県の有形文化財に指定された(「潮観橋序碑」と石燈籠も附指定)。

文化財

  • 潮観橋 附潮観橋序碑・石燈籠 - 大分県有形文化財

脚注

  1. ^ 大分県教育庁管理部文化課編 『大分県の文化財』、大分県教育委員会、1991年。

交通

外部リンク



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