八戸競馬場
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 05:40 UTC 版)
「競馬の歴史 (東北地方)」の記事における「八戸競馬場」の解説
馬産地として知られた八戸地方では古くから競馬が行われていたが、設備が無かったため道路を利用していた。やがて八戸競馬会が設立され、1909年には地元の有力馬産者である近藤元太郎が私財を打って三戸郡鮫村(現在の八戸市)の所有地に馬場を設けると、競馬会はこれを借用し、翌1910年6月に第1回の競馬を開催した。1912年には青森県産馬組合連合会が引き継ぎ、地方競馬規則が公布された1927年には有志により株式会社八戸競馬倶楽部が組織され、三戸郡館村(現在の八戸市)に新競馬場を建設した。翌1928年には八戸産馬畜産組合が施設を譲り受け、青森県産馬畜産組合連合会の主催による地方競馬が始まり、1938年まで続けられたが、1939年の軍馬資源保護法が公布されたのに伴い廃止された。 戦後は1948年から青森県主催の公営競馬として再開されたが、1951年の開催を最後に1954年に廃止されている。
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