儒学の興隆と神道・仏教
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/25 15:00 UTC 版)
中国の孔子が創始した儒教は、日常の人間関係を実践的に考える教えである。そして、その政治思想的な側面は、日本では古くから儒学として研究対象となってきた。江戸幕府は家康以来、幕藩体制支配の思想的裏づけとして儒学を重んじ、幕藩体制はまた儒学のもつ意義を増大させた。ここでは、社会における人びとの役割(職分)が説かれ、上下の身分秩序を重ずるべきこととし、「忠孝・礼儀」が尊ばれていたからである。 幕府は林家を中心に朱子学を教学として保護したが、諸藩でも幕府にならって藩士らの教育のために藩学(藩校)や郷学(郷校)を設立するところがあらわれた。岡山藩の池田光政による花畠教場、会津藩主保科正之が横田俊益につくらせた稽古堂などは、その古い事例といえる。
※この「儒学の興隆と神道・仏教」の解説は、「元禄文化」の解説の一部です。
「儒学の興隆と神道・仏教」を含む「元禄文化」の記事については、「元禄文化」の概要を参照ください。
- 儒学の興隆と神道・仏教のページへのリンク