五辻家経とは? わかりやすく解説

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五辻家経

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/06 02:17 UTC 版)

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五辻家経
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 承安4年(1174年
死没 建保4年6月10日1216年6月26日
別名 五辻中納言
官位 正二位中納言
主君 近衛天皇後白河天皇二条天皇六条天皇高倉天皇安徳天皇後鳥羽天皇
氏族 花山院家庶流五辻家
父母 父:藤原兼雅、母:平清盛次女
兄弟 九条良通室、花山院忠経家経、兼信、兼成、円雅
高階泰経娘、藤原成親
雅継花山院宣経、藤原実経、藤原信家
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五辻 家経(いつつじ いえつね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿左大臣藤原兼雅の子。官位正二位中納言五辻中納言と号す。花山院家の分家である五辻家の始祖と見なされている。

経歴

以下、『公卿補任』と『尊卑分脈』の内容に従って記述する。

五辻家

家経の後は五辻家と称される藤原北家花山院家の分家として続いていく。家経の跡を継いだのは二男の雅継であり、安倍春元の娘との間に生まれた忠継が雅継の跡を継ぐ。忠継と平高輔の娘との間に生まれたと考えられる忠子後醍醐天皇を生んで談天門院の女院号を得る。一方、忠継と卜部兼直の娘との間には経氏が生まれ、経氏の娘である経子後伏見天皇を生んだ。

鎌倉時代後期に五辻家が持明院統と大覚寺統、典侍を出す家となり結果的に双方の外戚となった背景は今後の検討を要する。

系譜

参考文献




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