主税町教会の設立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 06:29 UTC 版)
「カトリック主税町教会」の記事における「主税町教会の設立」の解説
名古屋でカトリックの布教を始めたのは井上秀斎だった。1887年、フランスのパリ外国宣教会から神父であるエルネス・ツルペンが名古屋を訪れ、井上の名義で主税町にあった420坪の武家屋敷の敷地を購入し、仮設の教会に転用した。仮聖堂は武家屋敷時代の建物が転用され、木造平屋建てで、仮聖堂のほかにもツルペンの住宅や信徒の控室も兼ねていた。この1887年時点での名古屋(岐阜を含む)におけるカトリック信徒の数は97人だったという。さらにツルペンは1890年までに啓蒙小学校と救老院、司祭館(現在の信者会館)を設立した。啓蒙小学校と救老院も仮聖堂と同様に、木造平屋建てだったという。 1891年には主税町教会は宣教師と日本人との対話形式でキリスト教の教えについて述べた本を出版した。このことから、瀬口 (2013)は、主税町教会が書籍による布教活動を行っていたとしている。1893年10月には『聖教理証』、1894年2月には『天主公教小略』、1896年12月には『公教要旨』、1897年3月には『公教小略』という書籍がそれぞれ出版された。1887年から1903年までの15年間で主税町教会での受洗者数は624人に上った。
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