下中町校地・皆実町校地の現状
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「広島師範学校」の記事における「下中町校地・皆実町校地の現状」の解説
なお師範学校移転後の下中町校舎は、県立広島高等女学校(のち県立広島第一高等女学校)の校舎に転用され、原爆による壊滅と戦後の同校の広島陸軍被服支廠跡地への転出まで存続した。跡地には「広島第一県女原爆犠牲者追憶之碑」が建立され、当時の正門門柱が移設・保存されている。皆実町校舎は師範学校の東雲町移転後、先述の寄宿舎を除き1945年(昭和20年)3月に新設された広島県立医学専門学校の校舎となったが、同校の本格的開校を目前にして原爆投下により、医専校舎としてはほとんど使用されることなく壊滅した。かつての皆実町校地の位置は、その後の再開発によりやや街路の位置が変わっているものの、現在は先述の通り比治山本町内の広島地域事務所・産業文化センター・南区民文化センター・南区図書館から国道2号線をまたいで皆実町一丁目の広島エフエム放送本社・広島県健康福祉センター・南区役所などが立地する街区にほぼ一致する。なおかつての皆実町校舎の運動場の南端であった皆実小学校の校庭の一角に、1986年11月、同窓生による「不動心」の碑が建立されており、かつてこの地に師範学校が立地していたことを記念している。
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