ライプニッツによる風車小屋の思考実験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 03:40 UTC 版)
「哲学的ゾンビ」の記事における「ライプニッツによる風車小屋の思考実験」の解説
17世紀のドイツの哲学者ライプニッツが著書『モナドロジー』の中で、風車小屋(windmill)を引き合いに出して行った次のような論証がある。 ものを考えたり、感じたり、知覚したりできる仕掛けの機械があるとする。その機械全体をおなじ割合で拡大し、風車小屋のなかにでもはいるように、そのなかにはいってみたとする。だがその場合、機械の内部を探って、目に映るものといえば、部分部分がたがいに動かしあっている姿だけで、表象について説明するにたりるものは、けっして発見できはしない。 — ライプニッツ 『モナドロジー』(1714年) 第17節、清水・竹田訳 ここで使われている言葉は少々時代がかっているが、表象という言葉が、おおよそ現代でいう所の意識という言葉と対応する。この風車の議論から、ライプニッツは、モナド(ライプニッツが存在すると仮定した、それ以上分割することができない、この世界の最小構成要素)の内的な性質、として表象を位置づけていく。
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