ムタズ・エサ・バルシム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/27 06:43 UTC 版)
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2011年ドーハダイヤモンドリーグ
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選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ラテン文字 | Mutaz Essa Barshim | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
国籍 | ![]() |
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種目 | 走高跳 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
生年月日 | 1991年6月24日(34歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
身長 | 190cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
体重 | 65kg | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
自己ベスト | 走高跳 : 2m43cm(2014年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ムタズ・エサ・バルシム(Mutaz Essa Barshim, 1991年6月24日 - )は、カタールの男子陸上競技選手。専門は走高跳。
母親はスーダン人[1]。父親はカタール生まれのカタール人で、競歩の元カタール代表である[2]。また3歳年が離れた弟のMuamer Aissa Barshamも走高跳の選手で、2014年アジア競技大会において銅メダルを獲得している。さらにサッカーカタール代表のマシャアル・バルシャムも弟である。アスパイア・アカデミーの卒業生である。
経歴
2010年にアジア室内陸上競技選手権大会で優勝し、同年の世界室内陸上競技選手権大会の代表に選ばれたが予選14位で敗退した。アジアジュニア陸上競技選手権大会では2メートル31の国内記録であり、アジア歴代8位の記録で優勝しており[3]、世界ジュニア陸上競技選手権大会でも金メダルを獲得した。2011年のアジア陸上競技選手権大会では2m35の国内記録で優勝している。2012年8月7日、ロンドンオリンピック男子走高跳決勝で銅メダルを獲得した。同年8月には2m39のアジアタイ記録、屋外世界歴代8位タイ(当時)を出した。
2013年6月1日、ダイヤモンドリーグユージーン大会において2m40のアジア新および屋外世界歴代4位タイ(当時)の記録を出した(現在は5位タイ)。2m40オーバー成功は屋外では21世紀初となり(13年ぶり)、室内を合わせても4年ぶりのこととなった。この高さは1ヶ月後の7月4日、ウクライナのボーダン・ボンダレンコがダイヤモンドリーグローザンヌ大会において2m41の屋外世界歴代3位タイの記録を出すまで2013年の最高記録であった。なお、同じ年に複数の選手が2m40オーバーを記録するのはキューバのハビエル・ソトマヨルとアメリカのチャールズ・オースチンが2m40を跳んだ1991年以来22年ぶりのこととなった。
2017年にはIAAFから「アスリート・オブ・ザ・イヤー」表彰を受けた[4]。
2019年世界陸上で2.37mを跳び金メダルを獲得。同種目初の連覇を達成した[5]。
2021年の東京オリンピックでは、2m37の記録まで一度も失敗なしで成功させたが、2m39は3回とも失敗になった。また、イタリアのジャンマルコ・タンベリも全く同じ記録と成功試技となり、2人が1位で並ぶ結果となった。しかし、2人は審判からのジャンプオフ(追加試技)の提案を断り、2人とも金メダルを獲得した[4][6]。
2022年世界陸上で2m37を跳び金メダルを獲得。史上初の3連覇を達成した[7]。
2024年7月12日、自身のSNSで「パリ五輪が自身最後の五輪になる」と発表した。パリオリンピックの開会式ではカタールの旗手を務めた[8]。
2025年9月12日、自身のSNSで東京世界陸上を棄権することを発表した[9]。
脚注
出典
- ^ BIOGRAPHICAL SUMMARIES Games of the XXXI Olympiad Rio de Janeiro 2016 国際陸上競技連盟 (PDF, 3.05 MB) 2016年09月16日閲覧
- ^ 「Zoom-up」『月刊陸上競技』45巻10号、講談社、2011年9月号 エラー: 日付が正しく記入されていません。(説明)、200-201頁。
- ^ “大会記録更新が続々 アジア陸上選手権 3日目”. PJニュース (2011年7月11日). 2012年5月13日閲覧。
- ^ a b 弓削高志 (2021年8月6日). “リオ直前“選手生命危機の大ケガ”から5年、東京五輪で走り高跳び金を分かち合い… イタリア&カタール人のエモすぎ友情物語”. Number Web. 2024年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月27日閲覧。
- ^ “ムタズ・エサ・バルシム:怪我を乗り越えて世界陸上連覇を達成したハイジャンパー”. Red Bull (2020年7月6日). 2025年9月27日閲覧。
- ^ “バルシムとタンベリが同記録で金、陸上男子走り高跳び”. www.afpbb.com (2021年8月1日). 2025年6月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月27日閲覧。
- ^ “「王者」バルシム走高跳2m37で貫禄の3連覇!!V決定まで失敗ゼロの完璧シリーズ/世界陸上”. 月陸Online. 月刊陸上競技 (2022年7月19日). 2025年6月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月27日閲覧。
- ^ “男子走高跳のバルシム「パリが最後の五輪」と表明 東京五輪金メダリスト”. 月陸Online. 月刊陸上競技 (2024年7月13日). 2025年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月27日閲覧。
- ^ “走高跳・バルシムが欠場 数日前に来日も脚の故障を明かす「最後の世界選手権の予定だったが……」/東京世界陸上”. 月陸Online. 月刊陸上競技 (2025年9月12日). 2025年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月27日閲覧。
外部リンク
- 公式ホームページ
- ムタズ・エサ・バルシム - 国際オリンピック委員会
- ムタズ・エサ・バルシム - オリンピックチャンネル
- ムタズ・エサ・バルシム - Olympedia
- ムタズ・エサ・バルシム - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ
- ムタズ・エサ・バルシム - 国際陸上競技連盟
- ムタズ・エサ・バルシム - IAAFダイヤモンドリーグ
- ムタズ・エサ・バルシム - TrackField.brinkster.net
- ムタズ・エサ・バルシム - Munzinger Sports Archives
- ムタズ・エサ・バルシム (@mutazbarshim) - X
- mutaz.barshim (@mutaz.barshim) - Instagram
- Photos of Barsham 246cm World Record attempts at the Gyulai Memorial competition 2018 in Hungary
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