ミソジニーとそこからの脱却
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/15 06:33 UTC 版)
「飯島愛子 (ウーマンリブ活動家)」の記事における「ミソジニーとそこからの脱却」の解説
飯島の遺稿集に収載された「生きる-あるフェミニストの半生」によれば、開業医であった飯島の父は権力的で、何かにつけて妻(飯島にとっては母)に対し「だから女はダメなんだ」という言い方をした。彼女は父親を嫌悪するいっぽうで、母親に対しても批判的なはずであったが、結婚してのち、配偶者とのあいだに「父に対する母の関係のひき写し」を繰り返してしまう。彼女を駆り立ててきたエネルギーは本来、自身が受けていた性差別と抑圧からの脱出だったはずであるにもかかわらず、その内容は、女性性の忌避と「男並み」への願望にすぎなかった。女性とは厄介で軽蔑すべき下級の存在であるというミソジニー(女性嫌悪)の心性は、もともとは父親から植え付けられたものであったが、飯島はそれを深く内面化していたのであり、結婚生活でも変えることのできないこの心性により彼女は強い欠落感をいだく。それは彼女を、憎悪や間違った向上心、同性である女性への蔑視、また、性行為へと追いやり、彼女はさらに苦悩する。彼女は悪戦苦闘した末に、あるひとつの性的イメージをともないながらも自身の根深いミソジニーを脱し、やがてフェミニストとして生きていくこととなった。
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