フリンジの遺産
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/24 07:00 UTC 版)
「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」の記事における「フリンジの遺産」の解説
エディンバラ・フリンジのもっとも重要な遺産は、議論はあるとしても、いっさい審査のないフェスティバルのモデルを提供したことであり、フリンジ演劇という概念は世界中でコピーされてきた。続々と生まれたこれらのフェスティバル中の最大のものは、アデレード・フリンジ・フェスティバルとエドモントン国際フリンジフェスティバルだろう。 演劇の分野で、フリンジで初演された作品がいくつかある。中でも、トム・ストッパード作『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(1966年)と、トム・コートニー主演の『モスクワ駅』(1994年)がもっとも良く知られている。また、多くの劇団がフリンジで繰り返し公演することにより、その芸術的水準が高められてきたことも指摘されうる。 芸術形式の点から見れば、フリンジが「ワン・マン・ショー」の故郷と見なされても間違いないだろう。フリンジ自体がその形式を生み出したわけではないが、このジャンルを開花させる媒体となったことは確かである。 コメディーの分野では、フリンジは多くの俳優の経歴を花開かせる土壌を提供してきた。1960年代に、モンティ・パイソンのチームの様々なメンバーが学生のプロデュースする公演に出演、引き続いてローワン・アトキンソン、スティーブン・フライ、ヒュー・ローリー、エマ・トンプソンといった人々が輩出した。そして、近年も、多くの「掘り出し物」のコメディアンを生み出している。
※この「フリンジの遺産」の解説は、「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」の解説の一部です。
「フリンジの遺産」を含む「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」の記事については、「エディンバラ・フェスティバル・フリンジ」の概要を参照ください。
- フリンジの遺産のページへのリンク