バジャー_(バンド)とは? わかりやすく解説

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バジャー (バンド)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/04 17:43 UTC 版)

バジャー
Badger
出身地 イングランド
ジャンル プログレッシブ・ロック
活動期間 1973年 - 1974年
レーベル アトランティック・レコード
エピック・レコード
共同作業者 イエス
旧メンバー トニー・ケイ
デイヴィッド・フォスター
ロイ・ダイク
ブライアン・パリッシュ
キム・ガードナー
ポール・ピルニック
ジャッキー・ロマックス

バジャーBadger)は、1972年に結成されたイングランドロックバンド。元イエストニー・ケイと、元ザ・ウォリアーズのデイヴィッド・フォスターによって結成された。

略歴

結成

イエスの初代キーボーディストだったケイは、1971年7月31日のクリスタル・パレス・ボウルでの公演を最後に、音楽性の相違を理由にイエスを脱退。同年、彼より前にイエスを脱退したギタリストのピーター・バンクスが結成したフラッシュにゲスト参加してデビュー・アルバムの制作に携わった後、新しいバンドの結成に乗り出した。

フォスターは、イエスのボーカリストのジョン・アンダーソンがイエスを結成する前に在籍していたザ・ウォリアーズ[注釈 1]でベース・ギターを担当していた。彼はイエスのセカンド・アルバム『時間と言葉』(1970年)にアンダーソンと共作で二曲を提供した。

ケイはフォスターとソロ・プロジェクトに取り組んでいたが、このプロジェクトは発展しなかった。彼等は新しいバンドのメンバーを探し始め、元アシュトン・ガードナー・アンド・ダイクのドラマーのロイ・ダイクを勧誘した。そしてダイクが、パリッシュ・アンド・ガーヴィッツ(Parrish&Gurvitz)[1][注釈 2]のブライアン・パリッシュをギタリスト兼ボーカリストとして迎えることを提案した。彼等はバンドの名前をバジャー[注釈 3]にして、1972年9月にリハーサルを始め、アトランティック・レコードと契約した。

プログレッシブ・ロック・バンド期

彼等は1973年にライブ・デビュー・アルバム『ワン・ライヴ・バジャー』を発表した。このアルバムは1972年12月15日と16日にロンドンのレインボー・シアターイエスのコンサートの第一部を務めた時の音源を収録しており、アンダーソンとジェフリー・ハズラムによってプロデュースされた。収録曲はパリッシュによる一曲[注釈 4]を除いてメンバー全員の共作で、いずれもプログレッシブ・ロックの範疇に含まれる楽曲である。カバー・アートは、イエスのアルバム・カバーを数多く制作したロジャー・ディーンによって制作された[注釈 5]

収録曲
  1. 「運命の轍」 - "Wheel of Fortune" (リード・ボーカル:パリッシュ) – 7:50
  2. 「泉」 - "Fountain" (リード・ボーカル:フォスター) – 7:22
  3. 「ウィンド・オブ・チェンジ」 - "Wind of Change" (リード・ボーカル:フォスター) – 7:15
  4. 「リヴァー」 - "River" (リード・ボーカル:パリッシュ) – 6:50
  5. 「ザ・プリーチャー」 - "The Preacher" (リード・ボーカル:パリッシュ) – 3:59
  6. 「オン・ザ・ウェイ・ホーム」 - "On the Way Home" (リード・ボーカル:パリッシュ) – 7:39
Side One
# タイトル 作詞・作曲 リード・ボーカル 時間
1. 「Wheel of Fortune」 Badger Brian Parrish
2. 「Fountain」 Badger Parrish
3. 「Wind of Change」 Badger David Foster
合計時間:
Side Two
# タイトル 作詞・作曲 リード・ボーカル 時間
1. 「River」 Badger Parrish
2. 「The Preacher」 Brian Parrish Parrish
3. 「On the Way Home」 Badger Parrish
合計時間:

『ワン・ライヴ・バジャー』は、1993年に同じ曲目、同じ曲順でCD再発された。

リズム・アンド・ブルース・バンド期

1974年までに、フォスターとパリッシュが脱退した。ケイとダイクはアシュトン・ガードナー・アンド・ダイクでダイクと演奏していたベーシストのキム・ガードナーを迎え入れた。続いて元スティーラーズ・ホイールのポール・ピルニック(ギター)とシンガーのジャッキー・ロマックス[注釈 6]が加入した。

ロマックスはバジャーを自分のソロ・アルバムで演奏していたR&B / ソウル・バンドに変え始めた。彼の楽曲と歌声がバジャーを支配した。1974年、彼等はアラン・トゥーサンがプロデュースしたセカンド・アルバム『ホワイト・レディ』をエピック・レコードからリリースした。収録曲の全てはロマックスの単独作か彼と誰かの共作だった。ジェフ・ベックがゲストとして「けがれなき女」でギター・ソロを披露した。

収録曲
  1. 「きみの夢」 - "A Dream of You"
  2. 「人はだれでも」 - "Everybody, Nobody"
  3. 「聞いて欲しい」 - "Listen to Me"
  4. 「引金を引かないで」 - "Don't Pull the Trigger"
  5. 「自然の成り行き」 - "Just the Way It Goes"
  6. 「けがれなき女」 - "White Lady"
  7. 「きみと一緒」 - "Be with You"
  8. 「主よわたしに」 - "Lord Who Give Me Life"
  9. 「夢をもう一度」 - "One More Dream to Hold"
  10. 「落し穴」 - "The Hole Thing"

「White Lady b/w Don't Pull the Trigger」が、シングルとして、1974年5月にリリースされた。

Side One
# タイトル 作詞・作曲 時間
1. 「A Dream of You」 Jackie Lomax
2. 「Everybody, Nobody」 Lomax
3. 「Listen To Me」 Lomax
4. 「Don't Pull The Trigger」 Lomax
5. 「Just The Way It Goes」 Lomax
合計時間:
Side Two
# タイトル 作詞・作曲 時間
1. 「White Lady」 Lomax, Robert Ashley
2. 「Be With You」 Lomax
3. 「Lord Who Give Me Life」 Lomax
4. 「One More Dream To Hold」 Lomax
5. 「The Hole Thing」 Lomax
合計時間:

解散と元メンバーの動向

『ホワイト・レディ』が発表される前に、バジャーは二つの派閥に分かれてしまい解散した。

ケイは1977年、元シルヴァーヘッドのマイケル・デ・バレスが結成したディテクティヴ に加入して、2作のアルバムの制作に参加。続いてバッドフィンガーに加入して、1981年に1作のアルバムを発表。1983年にイエスの再結成に参加して1994年まで在籍した。

フォスターはジム・ホーンズビー、ポール・ローズ、マーク・ステフェンソン(ギター)、フランク・ギボンズ(ベース・ギター、キーボード)、ポール・スミス(ドラムス)というメンバーで、2004年にアルバム『Open Road』(ヴォイスプリント・レコード:VP291CD)を発表した。このアルバムには、イエスのセカンド・アルバム『時間と言葉』のためにアンダーソンと共作した「時間と言葉」を彼が解釈し直したカバーが収録されている。

ロマックスはガードナーと「White Lady」[2]というライブ・バンドを短期間率いた後、ソロ活動に戻り、2013年9月、病没。

ガードナーは2001年に病没。

メンバー

『ワン・ライヴ・バジャー』(1973年)
  • トニー・ケイ (Tony Kaye) – キーボード
  • ロイ・ダイク (Roy Dyke) – ドラムス
  • デイヴィッド・フォスター (David Foster) – ベース・ギター、ボーカル
  • ブライアン・パリッシュ (Brian Parrish) – ギター、ボーカル
『ホワイト・レディ』(1974年)
  • トニー・ケイ (Tony Kaye) – キーボード
  • ロイ・ダイク (Roy Dyke) – ドラムス
  • キム・ガードナー (Kim Gardner) – ベース・ギター
  • ポール・ピルニック (Paul Pilnick) – ギター
  • ジャッキー・ロマックス (Jackie Lomax) – ボーカル

ディスコグラフィ

アルバム

  • 『ワン・ライヴ・バジャー』 - One Live Badger (1973年)
  • 『ホワイト・レディ』 - White Lady (1974年) ※旧邦題『女と穴熊』

脚注

注釈

  1. ^ 他のメンバーには、アンダーソンの兄のトニー(ボーカル)、後にキング・クリムゾンに加入するイアン・ウォーレス(ドラムス)がいた。
  2. ^ ポール・ガーヴィッツ、ブライアン・パリッシュ、リック・ウィルスマイク・ケリーミッキー・ギャラガー。パリッシュの脱退後、ガーヴィッツはスリー・マン・アーミーベイカー・ガーヴィッツ・アーミーを結成。ウィルスとギャラガーはピーター・フランプトンフランプトンズ・キャメルを結成した。
  3. ^ アナグマのこと。
  4. ^ 元々はパリッシュ・アンド・ガーヴィッツのために書かれた曲だった。
  5. ^ ディーンがイエスのアルバム・ジャケットを制作し始めたのは、ケイが脱退した後に発表された四作目のアルバム『こわれもの』からだった。
  6. ^ 1960年代から活動し、1968年8月にアップル・レコードから、ジョージ・ハリスン作の「サワー・ミルク・シー」をシングルで発表。ハリソンがプロデュースを担当し、ハリソン、ポール・マッカートニーリンゴ・スターエリック・クラプトンニッキー・ホプキンスが録音に参加した。1969年には同曲を収録したデビュー・アルバム”Is This What You Want?” を発表した。

出典

  1. ^ Discogs”. 2024年10月4日閲覧。
  2. ^ Jackie Lomax: Three”. Theband.hiof.no. 1 January 2018閲覧。

関連項目

外部リンク




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