シナプティック・タギング
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/08 13:37 UTC 版)
「長期増強」の記事における「シナプティック・タギング」の解説
局所的なタンパク質の生合成の仮説が十分な支持を得る以前は、長期増強に関わるタンパク質の生合成は細胞体で起きていると一般的に考えられてきた。さらに、この生合成によって作られたタンパク質は細胞全体へと非特異的に運ばれると考えられていた。したがって、長期増強のもつ入力特異性と矛盾することなくどのようにして細胞体でタンパク質が生合成されるのかを説明する仮説が必要とされた。シナプティック・タギングは細胞体で合成されたタンパク質が、長期増強を誘導する刺激を受け取ったシナプスにのみ輸送されることを可能にする仮説である。 シナプティック・タギング仮説によると、長期増強を誘導するような刺激を受け取ったシナプスで『シナプティック・タグ』が合成され、細胞全体に輸送されたシナプス可塑性に関わるタンパク質をこのタグが捕捉する。ジャンボアメフラシと呼ばれるウミウシの長期増強に関する研究から、シナプティック・タギングが長期増強の入力特異性のメカニズムであることが示唆されている。例えば、2つの遠く離れたシナプスがあるとする。長期増強を誘導する刺激を1つのシナプスに行うと(前述したような)いくつかの信号の連鎖が起き、細胞の核で遺伝子の発現が開始される。この時に、刺激を受けたシナプスでは、短時間(3時間以内)で分解されるシナプティック・タグが局所的に合成される。遺伝子発現によって作られたタンパク質は細胞全体に輸送されるが、シナプティック・タグが発現したシナプスでのみ捕捉される。したがって、長期増強を誘導する刺激を受け取ったシナプスのみが増強され、長期増強の入力特異性が生まれる。 シナプティック・タギング仮説は長期増強の持つ連合性と共同性も説明できる。連合性(「#長期増強の特性」を参照)は、長期増強を誘導するに十分な刺激が1つのシナプスで起きている時に、他のもう1つのシナプスが弱く刺激された時に起きる。(後者のシナプスに行った刺激は長期増強を引き起こすには不十分であるため)前者の強く刺激されたシナプスでのみ長期増強が起きると一見考えられるが、実際には「両方」のシナプスで長期増強が起きる。弱い刺激では細胞体におけるタンパク質の生合成を引き起こすことは不可能だが、シナプティック・タグの生合成を引き起こす。同時に強い刺激を他のシナプスに行うことにより、細胞体でタンパク質の生合成が起き、シナプス可塑性に関わるタンパク質が細胞全体に輸送される。 両方のシナプスでシナプティック・タグが発現しているので、両方のシナプスでタンパク質が捕捉される。その結果、強く刺激されたシナプスと弱く刺激されたシナプスの両方で長期増強が起きる。 共同性は2つのシナプスが、それぞれのみでは長期増強を引き起こすのに不十分なほど弱く刺激された時に見られる。弱い刺激が同時に起きることで、両方のシナプスで長期増強が共同的に起きる。シナプティック・タギング仮説は複数の弱い刺激がどのようにして長期増強を誘導するのに十分な刺激になるのかを説明はしない(これは前述した興奮性シナプス後電位の空間的加重によるものである)。むしろシナプティック・タギングは、それぞれのみでは長期増強を引き起こすのに不十分なシナプスに対して、どのようにしてタンパク質の生合成の産物を輸送するのかを説明する。前述の連合性と同様に、この輸送は弱い刺激によって発現したシナプティック・タグによって行われる。
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