サウスビーチの復興
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 07:00 UTC 版)
「特捜刑事マイアミ・バイス」の記事における「サウスビーチの復興」の解説
アンソニー・ヤーコヴィックは脚本執筆のためマイアミを訪れた際、サウスビーチに並ぶアール・デコ様式の建築に強く惹き付けられた。サウスビーチの開発は1910年代に始まり、その後半世紀以上もフロリダ半島最大のリゾート地として繁栄したものの、徐々に衰退していき1970年代頃になると治安の悪い薄汚れた街に変わり果ててしまっていた。 ビーチに沿って南北に縦断するオーシャンドライブとコリンズアベニュー界隈には1920~1940年代に建設されたアールデコ建築(マイアミ・デコとも呼ばれる)が数多く残っており、荒廃した街にノスタルジックな建物が建ち並ぶギャップにヤーコヴィックは魅了されたのだった。 マイアミのアールデコ建築は960棟に上る。1970代になると老朽化のため取り壊される建物が増えつつあったが、これらを保存しようと1976年に非営利組織のMDPL("Miami Design Preservation League" )が発足。彼らの活動のおかげで1979年には「アールデコ歴史地区」に指定され、保存が決まった。 歴史地区とはいえ、放置されたままの空き家が数多くあり、通りを通行する車や人通りもほとんどなく、ドラマのロケーションとして最適だった。もともと建物にはカラフルな塗装はされておらず白っぽい単色の外壁だったが、マイケル・マンはそれらを「蒸し暑さの表現」としてパステルカラーに塗るよう指示した。このパステルカラーで街を彩る案をマイケル・マンが考え出したように言われることが多いが、実際にはドラマが始まる2年前の1982年に、ニューヨーク出身の一人のデザイナーによって提案されたものだった。このアールデコとパステルカラーの融合はサウスビーチの復興を望む人々にすぐに受け入れられ少しずつ広がりつつあったが、ドラマの撮影が始まったことで急速に進んだ。 またMDPLと協力し合うことで「マイアミ・バイス」はサウスビーチの美化と歴史的建築物の保存に貢献する功績を残した。
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