コナン・ドイルとの関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/04 01:20 UTC 版)
「ライヘンバッハの滝」の記事における「コナン・ドイルとの関係」の解説
この名所はコナン・ドイルの推理小説に登場する名探偵シャーロック・ホームズが短編小説『最後の事件』で、「宿敵モリアーティー教授と相討ちになって滝つぼに落ち、死んだ場所」としても知られている。 岩棚にぶつかって幾筋にも分かれるこの滝は、その美しい光景によってライヘンバッハへの旅行を価値あるものとしていて、同地を旅行した作者ドイルにも、ベルン州にある多くの滝の中で特に強い印象を与えたようである。ドイルが『ストランド・マガジン』で連載していたホームズの物語は絶大な人気となり、ドイルはファンの要求に応え、ホームズ物の連載に追われることとなった。しかし、『最後の事件』の執筆当時、ドイルは「より文学的な歴史小説」に題材を移そうと考えており、ホームズ物の連載が足かせになると考え、その連載を終わらせるためにホームズを亡き者にしようと考えた。こうして自分の生み出した国民的ヒーローであるホームズを、このライヘンバッハの滝で死なせることを決意したドイルは、母へ送った手紙の中で下記のように表している。 「いいかげんもっと高邁なものを目指したいのです。ホームズ抹殺で大きな収入源を捨てることになっても、です。」 (I must save my mind for better things even if it means I must bury my pocketbook with him.) しかし、ドイルの決断は長続きしなかった。ファンは作者に抗議し、ホームズの物語の再開を求め、母ですらホームズを「殺した」息子をなじったからである。この作品のあとにドイルはホームズ物を再開するが、それは「ライヘンバッハ」以前の活躍を描いたものだった。読者はこれに飽き足らず、「生きているホームズ」の活躍を読みたがった。結局、ドイルはファンの熱望に負けて「ホームズはバリツという武術でモリアーティーを投げ飛ばし、滝から生還した」と設定し、ホームズは『空き家の冒険』で復活することとなった。 現在、滝へつながるケーブルカーの駅には、ホームズについて記した記念プレートが設置されている。作中での舞台へは、滝の上部までの道を登り、橋を渡り、丘の下までのコースを辿ることで行くことができる。ここには英語、ドイツ語、フランス語で書かれた記念碑があり、英語ではこう書かれている。「1891年5月4日、ここでシャーロック・ホームズはモリアーティー教授を打ち倒した」。 作中でモリアーティーとホームズが落ちたのは、滝の反対側になる。詳細は「シャーロック・ホームズ博物館」となっている古い教会堂で展示されている。マイリンゲンの町にはほかにホームズが宿泊した「英国旅館」、ホームズ像、コナン・ドイル広場がある。
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