カルカッタ (軽巡洋艦)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カルカッタ (軽巡洋艦)の意味・解説 

カルカッタ (軽巡洋艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/03 15:50 UTC 版)

カルカッタ (HMS Calcutta) はイギリス海軍軽巡洋艦C級(カーライル級)。

艦歴

バロー=イン=ファーネスのヴィッカース社で建造。1917年1月28日起工[1]。1918年7月9日進水[1]。1919年8月竣工[1]

北アメリカ・西インド艦隊の第8軽巡洋艦戦隊に編入され、その旗艦となった[1][2]。1920年3月6日、ポートオブスペインでアメリカの貨物船「バラバク (Balabac)」が火災を起こした。「カルカッタ」はその消火にために乗組員を、「バラバク」乗員救出のためボートを派遣した[3]。1926年10月21日、バミューダでハリケーン襲来時に防波堤に衝突して損傷[4][5]

修理と予備役の期間をはさんで、1929年9月18日に再就役し、サイモンズタウンを拠点とするアフリカ艦隊の第6巡洋艦戦隊旗艦となった。1931年にイギリスに戻され予備役となる[4][2]

防空巡洋艦への改装後、1939年8月に本国艦隊に加わり、9月にはハンバー部隊 (Humber Force) に配属されて北海での船団護衛に従事。2月には本国艦隊に戻り、船団護衛を継続[4][2]

1940年4月、ドイツ軍がノルウェーへ侵攻。4月22から23日、「カルカッタ」は軽巡洋艦「バーミンガム」、駆逐艦「マオリ」、「ビゾン」、「フードロワイヤン」、スループ「オークランド」とともにナムソスへの上陸部隊を乗せたフランスの兵員輸送船「Ville d'Alger」を護衛するが、作戦は悪天候により中断された[4][6]。4月30日にはオンダルスネスからの英仏軍の撤退が開始されカルカッタも参加。「カルカッタ」と「オークランド」は5月1から2日夜にオンダルスネスから殿軍を撤退させ、「カルカッタ」は756人を乗せた[4][6][7]

1940年5月末、ダイナモ作戦ダンケルクからの撤退)に参加[8]。「カルカッタ」は5月27日から28日の夜には656人[9]、5月28日から29日の夜には1200人を運んだ[10]。5月31日から5月1日の夜にもダンケルク沖で活動し[11][12]、6月2日には爆撃を受けて至近弾により損傷した[12][13]

続いてフランス西部からの撤退作戦(エアリアル作戦)が行われ、「カルカッタ」は6月23日から25日にサン=ジャン=ド=リュズからの撤退戦に参加。6月25日、ジロンド川沖でカナダ駆逐艦「フレーザー」に衝突。「フレーザー」は分断され、前部は沈没、後部は駆逐艦「レスティゴーシュ」により沈められた[14][15]。「カルカッタ」側には損傷はなかった[16]

8月30日からハッツ作戦に参加。地中海艦隊としてF部隊に属してジブラルタルから出撃。「コヴェントリー」、戦艦「ヴァリアント」とともに9月2日にマルタへ物資、人員を届けた後地中海艦隊と合流し、9月6日にアレクサンドリアに到着した[17][18]

1941年1月3日、バルディア砲撃を行う戦艦「ウォースパイト」、「ヴァリアント」、「バーラム」を護衛。次いで、アレクサンドリアからマルタへ向かうMW5船団を護衛(MC4作戦)。

3月はエジプトからギリシャへイギリス軍を運ぶ船団の護衛に従事(ラスター作戦[19]

1941年4月18日、「カルカッタ」を含む地中海艦隊は輸送船「ブレコンシャー」を護衛しアレクサンドリアからマルタへ向かい、続けて4月20日にトリポリ砲撃を行った艦隊を護衛[20][21]

4月24日、地中海艦隊はデーモン作戦(ギリシャからの撤退)を開始し、「カルカッタ」も参加.[22][23]。「カルカッタ」は4月24日から25日夜にはポルト・ラフティでの、26日から27日夜にはナフプリオでの兵員の収容に参加した[24]

5月6日から12日、アレクサンドリアからマルタへのMW7船団を護衛し、続けてエジプトへ戦車を運ぶタイガー船団と合流した[25][26]

5月20日、ドイツ軍がクレタ島へ侵攻。これに対して、地中海艦隊は侵攻部隊を迎撃するため巡洋艦と駆逐艦からなる部隊を3つ(B、C、D部隊)クレタ島北方に、戦艦部隊(A部隊)をイタリア艦隊が出撃してきた場合に備えて展開させた[27]。「カルカッタ」はアレクサンドリアから出撃し、5月21日にC部隊に合流。同日、C部隊は空襲により駆逐艦「ジュノー」を失った。5月22日、イラクリオンへ向かう船団を迎撃。船団は引き返し、激しい空襲のためC部隊も攻撃を断念した。C部隊はA部隊と合流。合流後、さらなる空襲により軽巡洋艦「グロスター」、「フィジー」、「グレイハウンド」が撃沈された。5月23日、弾薬補給のためA部隊はアレクサンドリアへ向かった[28][29][30]

5月27日、クレタ島からの撤退が決定される。5月29日から30日の夜、「カルカッタ」は軽巡洋艦「フィービ」、「パース」、「コヴェントリー」、駆逐艦「ジャーヴィス」、「ジェイナス」、「ヘイスティ」、輸送艦「グレンガイル」とともにSfakiaから兵員6000人を収容した[31]。5月31日から6月1日にも敷設巡洋艦「アブディール」、駆逐艦「キンバリー」、「ホットスパー」、「ジャッカル」によりSfakiaからの兵員の収容が行われ、その部隊の護衛のため「カルカッタ」と「コヴェントリー」は6月1日にアレクサンドリアから出撃。だが、アレクサンドリアの北西約100海里でドイツ軍第1教導航空団のJu 88の攻撃を受け、「カルカッタ」は爆弾2発が命中し沈没。255人が「コヴェントリー」に救助されたが、107人が死亡または行方不明となった[30][32][33]

関連項目

脚注

  1. ^ a b c d Gardiner & Gray 1985, p. 61
  2. ^ a b c Whitley 1999, p. 72
  3. ^ From the Royal Navy log book for HMS Calcutta, 6 March 1920. Transcribed by the Old Weather[?] project.
  4. ^ a b c d e Mason, Geoffrey B.. “HMS Calcutta - World War 1 C-type light cruiser: including Convoy Escort Movements”. Service Histories of Royal Navy Warships in World War 2. Naval-history.net. 2015年9月20日閲覧。
  5. ^ “The Hurricane: End of H.M.S. Valerian”. The Daily Standard (Brisbane): p. 4. (1926年10月26日). http://nla.gov.au/nla.news-article181005900 
  6. ^ a b Rohwer & Hummelchen 1992, p. 18
  7. ^ Kindell, Don. “Naval Events, May 1940 (Part 1 of 4): Wednesday 1st ? Tuesday 7th”. British and Other Navies in World War 2 Day-by-Day. Naval-history.net. 2015年9月20日閲覧。
  8. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 21
  9. ^ Winser 1999, pp. 15, 83
  10. ^ Winser 1999, pp. 16, 83
  11. ^ Winser 1999, p. 26
  12. ^ a b Kindell, Don. “Naval Events, June 1940 (Part 1 of 4): Saturday 1st ? Friday 7th”. British and Other Navies in World War 2 Day-by-Day. Naval-history.net. 2015年9月26日閲覧。
  13. ^ Winser 1999, p. 30
  14. ^ Winser 1999, p. 51
  15. ^ Operation Aerial - Evacuation from Western France, June 1940”. Admiralty War Diaries of World War 2. Naval-history.net. 2015年9月26日閲覧。
  16. ^ The Naval Review & April 1959, p. 174
  17. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, pp. 31?32
  18. ^ Barnett 2000, pp. 228?234
  19. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 53
  20. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 59
  21. ^ Barnett 2000, p. 366
  22. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 60
  23. ^ Barnett 2000, pp. 348?350
  24. ^ Royal Australian Navy, 1939–1942, pp.321,
  25. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 61
  26. ^ Kindell, Don. “Naval Events, May 1941 (Part 1 of 2): Thursday 1st ? Wednesday 14th”. British and Other Navies in World War 2 Day-by-Day. Naval-history.net. 2015年9月26日閲覧。
  27. ^ Barnett 2000, pp. 352?353
  28. ^ Rohwer & Hummelchen 1992, p. 64
  29. ^ Barnett 2000, pp. 354?356
  30. ^ a b Kindell, Don. “Naval Events, May 1941 (Part 2 of 2): Thursday 14th ? Saturday 31st”. British and Other Navies in World War 2 Day-by-Day. Naval-history.net. 2015年10月2日閲覧。
  31. ^ Barnett 2000, pp. 360, 362?363
  32. ^ Barnett 2000, p. 363
  33. ^ Kemp 1999, p. 148

参考文献

外部リンク


「カルカッタ (軽巡洋艦)」の例文・使い方・用例・文例

Weblio日本語例文用例辞書はプログラムで機械的に例文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「カルカッタ (軽巡洋艦)」の関連用語

カルカッタ (軽巡洋艦)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カルカッタ (軽巡洋艦)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカルカッタ (軽巡洋艦) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
Tanaka Corpusのコンテンツは、特に明示されている場合を除いて、次のライセンスに従います:
 Creative Commons Attribution (CC-BY) 2.0 France.
この対訳データはCreative Commons Attribution 3.0 Unportedでライセンスされています。
浜島書店 Catch a Wave
Copyright © 1995-2025 Hamajima Shoten, Publishers. All rights reserved.
株式会社ベネッセコーポレーション株式会社ベネッセコーポレーション
Copyright © Benesse Holdings, Inc. All rights reserved.
研究社研究社
Copyright (c) 1995-2025 Kenkyusha Co., Ltd. All rights reserved.
日本語WordNet日本語WordNet
日本語ワードネット1.1版 (C) 情報通信研究機構, 2009-2010 License All rights reserved.
WordNet 3.0 Copyright 2006 by Princeton University. All rights reserved. License
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
EDRDGEDRDG
This page uses the JMdict dictionary files. These files are the property of the Electronic Dictionary Research and Development Group, and are used in conformance with the Group's licence.

©2025 GRAS Group, Inc.RSS