アルマ・マーラーの「証言」
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「アルマ・マーラー」の記事における「アルマ・マーラーの「証言」」の解説
アルマ・マーラーはたびたび自伝の中で、亡夫マーラーを始めとして、同時代のさまざまな作曲家・演奏家に関する「証言」を遺している。しかし、マーラーが「ブルックナーの熱心な使徒であった」など、近親者についてさえ思い違いや思い込みも少なくなく、関係の薄かった者についてとなると、中には面白半分・悪意半分の(あきらかに事実無根の)逸話を伝えている。そのため今日、心ある音楽学者や音楽評論家はアルマの発言を引用することに慎重になっている。しかし、「私が死んで50年たてば、私の時代がくるだろう。そのときリヒャルト・シュトラウスの時代が終わる」など、現在でも盛んに引用される「アルマ経由のマーラー語録」は少なくない。 また、才能ある男性にほだされやすい性格から、マーラーに接近する機会をうかがっているさまざまな男性音楽家が、利用するためにアルマに言い寄ると、そちらに肩入れして後々まで判断を誤ってしまうという欠点も持ち合わせていた。たとえばハンス・プフィッツナーをアルマは常に擁護しようとし、プフィッツナーからの攻撃によってシェーンベルクの一派に緊張が走った際にも、アルマは断固としてプフィッツナーの味方に回った。このような彼女の姿勢は、マーラーとの結婚生活が危機を迎えていた時期に、プフィッツナーが同情してくれたという想い出から出るものだった。作曲は知的な構成よりも直感と霊感が左右するとの、プフィッツナーの信念に共感を寄せたということは、アルマ自身の作品を考察する上では興味深い論点となる。
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