アラブ級駆逐艦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 02:15 UTC 版)
詳細は「アラブ級駆逐艦」を参照 日本と同じく連合国として第一次世界大戦に参戦していたものの、本土や欧米の連合国が戦禍に見舞われ建造能力が限界に達していたフランス海軍も日本に本型を発注し、1917年(大正6年)に12隻が建造、引き渡されアラブ級駆逐艦としてフランス海軍で運用された。 基本的に樺型と同型であるが、各部構造の強化、艤装の改善などで排水量は690トンに増大した。兵装は3番煙突後方の8cm砲1門に代えて8cm高角砲1門を搭載している。 建造は海軍工廠4か所に加え、川崎造船所と三菱長崎造船所で2隻ずつ行い、全艦半年あまりで竣工した。工事の監督は日本海軍が行い、ポートサイドまでの回航も日本海軍の乗員が行って、フランス海軍に引き渡された。
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