アイスマンの時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/20 03:17 UTC 版)
「サンアントニオ・スパーズ」の記事における「アイスマンの時代」の解説
リーグ移行の時期を挟むスパーズ初期のスター選手は、1974年にバージニア・スクワイアーズから獲得したジョージ・ガービンだった。ガービンはプロデビュー後2年目から引退する前のシーズンまで連続で両リーグのオールスター戦に出場、NBAにチームが移ってから3シーズン連続を含め4度得点王となり、チームを牽引した。冷静沈着で、感情を表に出さず、闘志を内面に秘めて黙々とプレーをするため、「アイスマン」のニックネームで呼ばれ、相手チームに恐れられた。後に殿堂入りを果たすと共に、背番号44はスパーズの永久欠番となった。 現在ウェスタン・カンファレンスであるスパーズは編入時には、イースタン・カンファレンスのセントラル・ディビジョン所属であった。 1980年、NBAに新たにダラス・マーベリックスが加盟し、チーム数は23に増加した。これによりリーグの再編が行われ、ミルウォーキー・バックスとシカゴ・ブルズはイースタン・カンファレンスに、サンアントニオ・スパーズとヒューストン・ロケッツはウエスタン・カンファレンスに編入された。スパーズはミッドウェスト・デビジョン所属となった。 ガービンの全盛期だった1980年代前半までにスパーズはリーグ加盟後7シーズン中、5度の地区優勝を果たした。 1980年代は好調の時代と低迷な時代が同居したが、全体としては勝ち越した。81年から83年までの3シーズンは70年代に続いてプレーオフに進出したが、ヒューストン・ロケッツやロサンゼルス・レイカーズに敗れた。
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