「雨の中嶋」の好走
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 09:43 UTC 版)
「1989年オーストラリアグランプリ」の記事における「「雨の中嶋」の好走」の解説
ロータス・ジャッドの中嶋悟は、ドライの予選ではマシン性能の低さから同僚のネルソン・ピケとともに下位に沈んだものの、得意のウェットコンディションの中でマシンをうまくコントロールしつつ驚異の19台抜きを見せ、中盤が過ぎたころには4位につけた。さらにその後もマシン性能がはるかに高い3位を走るウィリアムズ・ルノーのリカルド・パトレーゼを、日本人として初めてレース中のファステストラップを記録しつつ10周以上にわたり激しく追い立てたが、パトレーゼの真後ろにつくとエンジンの吸気口から入る水しぶきのせいでミスファイアを起こすため追い抜くには至らず、4位でゴールした。 出走台数の過半数が事故ないしスピンアウトでレースを終え、完走台数がわずか8台となる大荒れのレースとなった中で、予選23位からファステストラップを記録しながら追い上げた中嶋のウェットコンディションにおける高いドライビング・テクニックが、各国のメディアやチーム関係者から高い評価を受け、BBCの解説者で辛口コメントで知られるジェームス・ハントからも後に高く称賛された。 なお、レースは81周で行われる予定だったが、レース時間が規定の2時間を経過したため70周で終了し、ティエリー・ブーツェンが同年のカナダグランプリ以来2度目の優勝をあげた。
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