「初午の図」の概要
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 08:18 UTC 版)
三代歌川豊国(1786年 - 1865年、国貞)には甲斐善光寺を描いた三枚続きの美人画『甲州善光寺境内之図初午』(初午の図)がある。後述の甲府市個人所蔵本では、出版元は地本問屋の柴明神前・和泉屋市兵衛、署名は「左図・右図に「香蝶楼豊国画」、中央図には「一陽斎豊国画」。年代は豊国の改名時期と伝来した甲府市個人家の画帳扉裏に「嘉永4年(1851年)」とあることから、同年と天保15年(=弘化元年、1844年)の間と推定され、さらに「衣笠」「浜」の改印の使用時期から弘化4年(1847年)から嘉永5年(1852年)の間と推定されている。 山梨県内では1938年(昭和13年)に「峡中浮世絵展」に甲府市の個人所蔵本が出展され、郷土史家の野口二郎により紹介される。戦後には1967年(昭和42年)には郷土史家の上野晴朗も同じ甲府市個人所蔵本を『甲州風土記』で紹介している。伝本は甲府市所蔵本のほか、国立劇場に中央図を欠いた左図・右図があるほか、山梨県立博物館所蔵本もある。なお、静嘉堂文庫・紙の博物館所蔵本では表題を「王子稲荷初午祭ノ図」と改め、東京都北区岸町の王子稲荷神社を描いた図としている。
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