男性不妊症 その他の危険因子

男性不妊症

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/29 14:08 UTC 版)

その他の危険因子

前述の各種薬剤などのほか、カフェインコーヒー)の大量摂取、もしくはタバコ喫煙は造成機能を阻害する。アルコールや一部の麻薬類もテストステロンの分泌を阻害する[29]。その他きついズボンあるいはブリーフの着用、熱い風呂に度々浸かる行為やサウナなども精子の量を低下させる可能性がある[30]

また、無機鉛、カドミウム水銀マンガンなどが造精機能に影響を及ぼす[31]。なお、一部に電磁波の影響が懸念する声があるが、信頼性のある資料がなく、反証可能性がある仮説ではない。

医薬品による胎児への有害性を評価・区分する胎児危険度分類(A〜D、X)が存在するものの、男性側の影響を評価・区分する基準は知られていない。特に日本では、公的な胎児危険度分類が存在せず、医薬品による子孫への影響は軽視あるいは無視されているのが現状である。日本では公的な疫学的調査も行われていないため、信頼性の乏しい自主報告データに頼っている。

WHO基準

WHOラボマニュアル-ヒト精液検査と手技-5版による精液検査[32]の下限値[33]は、

  • 精液量 - 1.5ml以上
  • 精子濃度 - 1500万/ml以上
  • 総精子数 - 3900万/射精以上
  • 前進運動率 - 32%以上
  • 総運動率 - 40%以上
  • 正常精子形態率(厳密な検査法で)- 4%以上
  • 白血球数 - 100万/ml未満

検査

多方面からの検査が行われる[4]

問診[4]
  • 職業 - 高温下での作業、重金属、放射線
  • 既往歴 - 耳下腺炎性精巣炎,外傷,鼠径ヘルニア手術、停留精巣の固定手術
  • 家族歴 - 遺伝性疾患
  • 性生活
視診・触診[4]
精巣の大きさ、硬さは造精機能や状態を把握するのに重要
  • 二次性徴の発現状態 - 外性器の発育状態,先天異常(尿道下裂、停留精巣)
  • 内分泌機能異常、代謝性疾患などの有無、精索静脈瘤の有無。腫瘍や炎症の存在。
精液検査[4][34][5]
  • 一般精液検査 - 精液や精子の量的性状の検査で、質的性状(受精能力)は含まれない。
  • 精子機能検査
    • a. 透明帯除去ハムスター卵へのヒト精子侵入試験:ハムスターテスト[35]
    • b.hemizona assay(HZA)
精液検査の基準値、日産婦誌59巻4号より引用[34]
精液量 Volume 2.0ml 以上 重量を測定する。比重1として
1.0g = 1.0ml として精液量を換算
pH 7.2 以上
精子濃度 Sperm concentration 20 × 106 / ml 以上
総精子数 Total sperm count 40 × 106 以上
精子運動率 Motllity 50% 以上 運動率は A+Bの割合(%)で示す。
A:速度が速く、直進する精子
B:速度が遅い、または直進性の悪い精子
C:頭部または尾部は動いているが前進運動していない精子
D:非運動精子
精子正常形態率 Morphology 15% 以上 Kruger et al.のstrict criteriaに準じる
精子生存率 Viabilty 75% 以上
白血球数 White blood cells 10 × 106 未満

治療

2010年現在、ケースに応じて以下の治療法が用いられる。ヒトの造精過程は約70日強[注 22]であることから、男性不妊の治療においては、少なくとも3か月程度は経過を観察することが必要とされる。2017年5月、33歳の男性と34歳の女性が夫婦合わせて5年間に1000万円近くの治療費を費やしたが子供を授かっていないという事例が報告されており、総じて男性不妊症の治療費は高額になりがちであると言える。日本生殖医学会によると、男性不妊症の専門医は2017年4月時点で全国に51人しかおらず、その多くが関東や近畿に集中しているため、地方在住の患者には通院費や滞在費といった出費がかかるのが実情である[36]

手術

乏精子症、精子無力症、閉塞性無精子症の場合、原因の多くが解剖学的なものであれば、手術により妊娠が期待できることも多い[注 23]。またこの場合、多くは健康保険が適用されるため、2004年現在、例えば2泊3日の精索静脈瘤手術の3割負担で6 - 7万円程度である[37]。精索静脈瘤手術の場合その切除、もしくは静脈瘤か内精静脈の結紮、あるいは大腿部の血管を経由したカテーテルによる塞栓術が行われる[注 24][38]。術式にもよるが、通常は全身麻酔を用いた場合でも長くとも一週間程度の入院で済み、場合によっては日帰り手術も可能である[39]

停留精巣においては、両側性であればその正常位置への固定、片側性であれば固定もしくは除去を行う。

精管の閉塞や切断の場合には、場合によっては不良な部分を除去した上での吻合が行われる。この場合は顕微鏡下での手術も多く行われ、手術が長時間に及ぶ可能性がある。手術による精路再建が困難な場合などには精子の採取と人工授精を目的とした人工精液瘤増設術なども用いられる。ただし以上の手術などによって、必ずしも症状が改善するとは言えないのが実情である[40]

精巣内精子採取術

手術による根治的な治療が困難な場合においても、精巣内精子採取術 (tesicular sperm extraction,TESE) と顕微受精などによって、妊娠に関しては十分にそれを期待し得る、良好とも言える成績が得られており、精子として発達する前の精子細胞においても、遺伝情報は精子と同じであるとの考えのもと、動物レベルでは成功が見られている[41]

この場合も特に大規模な手術を要する訳ではなく、多くは穿刺・吸引によって採取が可能である。また、染色体異常によるクラインフェルター症候群の場合にも、採取された精子の9割以上は正常な染色体を持っている。

採取術には

  • 陰嚢から精巣を取り出して組織を回収する精巣精子回収法 (MD-TESE)
  • 陰嚢を切開して行う精巣上体精子吸引術 (MESA)
  • 陰嚢に穿刺しての経皮的精巣上体精子吸引術 (PESA)

などの術式がある。陰嚢への穿刺による精液採取は適切な箇所に穿刺し精子を吸引するためには複数回の試行が必要となる場合も見られるため、患者や陰嚢、精巣などに与える負担がかえって増加する場合がある。このため、他のアプローチが好まれる向きも見られる。

投薬

薬剤の投与としては、造精機能障害の場合はテストステロン男性ホルモンの投与、抗プロラクチン剤、抗エストロゲン剤(クロミフェン、タモキシフェンなど)、ゴナドトロピンなどによるホルモン療法メコバラミンカリクレインシアノコバラミン(ビタミンB12)、さらには漢方薬[注 25]などによって造精機能の活発化を促す手法が見られる。しかしながら、リンク先を見ていただいてもわかるように、テストステロン男性ホルモンの投与は現在あまり行われていない。また、甲状腺機能の低下により妊孕性障害がみられるケースにおいては甲状腺ホルモンが、患者が抗精子抗体を持つ場合には副腎皮質ホルモン(ステロイド)の投与が行われる場合がある。また、精子の洗浄により抗体を洗い流すことで、人工授精の成功が期待できる[注 26][42]


注釈

  1. ^ 例えば『不妊・不育』では0.9% - 37.3%の各ケースが紹介されている。なお、1回の排卵周期で妊娠する可能性は15%とされており、計算上、12か月経っても妊娠しない確率は15%程度、24か月であればさらにその15%程度である(男性不妊症外来 p.10)。
  2. ^ 繰り返すが、現在の基準から言えばこれは厳密には男性不妊症ではない。
  3. ^ この記事において挙げられている参考文献で、その比率が具体的に数字として挙げられている例では、男性側にその原因が求められるものは最大のものでも48%である。また、世界保健機関による調査では女性由来が41%、男性由来が24%、男女共に原因ありが24%、原因不明が11%である(『カップルで治す男性不妊』p.14、ただしどの時期に行われた調査であるかは不明)。『不妊治療最前線』では男性側の原因40%、女性側の原因40%、原因不明20%との概算を挙げている。
  4. ^ ちなみにオギノ式は元来は(現在でいうところの)不妊治療として提唱されたものが、避妊用として流用されたものである。
  5. ^ 分泌#作用様式による分類を参照
  6. ^ 精巣上部にある静脈の束が鬱血して太くなる症状。重症化すると陰嚢表面を目で見ただけで確認できる。
  7. ^ 温度上昇説が有力視されている。健常者に比べ陰嚢内温度が0.6 - 0.8度高い(吉田修 (1999) )。ただし異論も見られるほか、その他鬱滞による酸素欠乏、各種神経伝達物質の逆流などの説も考えられている。
  8. ^ 精巣#精子も参照。
  9. ^ 精索静脈瘤があるからといって必ずしも不妊症状が出る訳ではなく、これ自体は一般男性の5.1 - 16.2%にも見られる(『不妊・不育』p.32、吉田修 (1999) )。
  10. ^ 精巣が腹腔内などにあるため温度が高く、正常に精子を造れない状態。ただし、本来あるべき場所である陰嚢に移動させる手術を施しても、造精機能が発揮されるとも限らない。また、左右ともにこの症状を発している場合、その80%に不妊の症状が見られる。
  11. ^ 染色体異常。通常ヒトの染色体は合計46、性染色体はXX/XYであるが、性染色体がXXY、合計47となっている場合。47,XXYとも言われる。通常、男性の場合は46XYと表現される。クラインフェルター症候群#症状も参照。資料によるが造精機能障害全体の1.6%程度がこの疾患が原因である。
  12. ^ 染色体異常全体では無精子症の場合、13.0%がそれに該当するが、精子の量が増えるにつれ割合も低下していき、精子数が正常な群では1.9%である。
  13. ^ 0.2Gyから影響が見られ、0.5Gyを越えると一時的な無精子症となり、6.0Gy以上で非可逆的な無精子症になるとされている。それ以下でも複数回の被曝により完全に造精機能が破壊される。(吉田修の文献では女性の卵子に対して避妊目的での照射し、目的を達成したと報告している。男性の精巣に対する避妊目的での照射例は、現版ではウィキペディア編集者は発見していない)。また、低量の被曝の場合には一時的に造精機能が低下するが、長期的な視点で見れば、かなりの程度まで回復する。
  14. ^ 無精子症などは透明感が強い。その他出血や膿などの確認。
  15. ^ ピペットから重力で滴下した時に2cm以上の糸を引くようであれば異常とされる。
  16. ^ 文献によって多少異なるが、いずれにしても一週間以内の数日間。『男性不妊症外来』によれば、それ以上の期間の禁欲は精子奇形率の増加や運動率の低下がみられる場合がある。
  17. ^ 『不妊治療を治す』によれば、自宅または宿泊施設で採取したものを持ち込む場合、2時間以内が望ましいとされる。『男性不妊症外来』では1時間とされている。
  18. ^ 精索静脈瘤は触診によってある程度の診断が可能である。
  19. ^ 日本人の場合、精液1ml中の精子の数が、1954年には平均約1億5千万匹であったものが、1991年には平均約1億匹に低下したとの報告もある。『女性がよむ男性不妊の本』p.33
  20. ^ すなわち、精子が造られてはいるものの、何らかの原因で外尿道口に到達せず、精液内に精子が含まれない場合。
  21. ^ ただし1999年のwho基準では正常値が15%とされている。この点に関しては新しい文献の入手を待っての調査を要する。
  22. ^ 2010年現在、資料によって70日、74日、76日と少々のばらつきがある。
  23. ^ もちろん不可能な場合も多い。また、夫婦の年齢などを考慮し、手術ではなく人工授精を選択することもできる。
  24. ^ 改善率は58% - 71%、妊娠率は24% - 55%、再発率は数% - 10%程度。精液所見による改善率の報告としては、最大で90%とされるものもある。カテーテルによる塞栓術の場合、静脈瘤の消失は95%、妊娠率は15% - 50%と報告されている。
  25. ^ 補中益気湯八味地黄丸桂枝茯苓丸など。
  26. ^ 男性不妊症のうち、3% - 5%にこの抗体が見られる。外傷や炎症などによる精子の血液中への流入をきっかけとして、免疫反応によりこの抗体が造られると見られる。

出典

  1. ^ 川村健二、【原著】精索静脈瘤による男子不妊症の発生機序 千葉医学雑誌 62(1), 33-39, 1986, NAID 110006180144
  2. ^ “増える不妊治療「子供を持つのは当たり前」なのか”. 毎日新聞. (2016年1月15日). https://mainichi.jp/premier/business/articles/20160114/biz/00m/010/024000c 2016年1月17日閲覧。 
  3. ^ 『不妊・不育』p.27
  4. ^ a b c d e E.婦人科疾患の診断・治療・管理 4.不妊症 2)男性不妊症 日本産科婦人科学会 日産婦誌61巻6号研修コーナー
  5. ^ a b 男性不妊症・機能障害 兵庫医科大学 泌尿器科学教室
  6. ^ 『不妊・不育』p.28、『不妊と男性』p.21 -、p.34 -、p.154 -、『不妊治療最前線』p.20
  7. ^ 『不妊治療最前線』p.80
  8. ^ 『不妊・不育』p.28、『不妊治療最前線』
  9. ^ 『男性不妊を治す』p.55
  10. ^ 『男性不妊症外来』p.13
  11. ^ 『不妊治療ワークブック』p.92
  12. ^ 『男性不妊を治す』p.58
  13. ^ 『女性がよむ男性不妊の本』p.77、『不妊・不育』p.33、『男性不妊を治す』p.63
  14. ^ 『男性不妊を治す』 p.63
  15. ^ 『男性不妊症外来』 p.13
  16. ^ 『カップルで治す男性不妊』p.48
  17. ^ 吉田修 (1999) p.251 外国文献に紹介された精機能障害の原因薬物、p.252 精機能障害をきたす可能性のある薬物。
  18. ^ 『不妊治療最前線』p.24、『男性と不妊』p.154 - 、『不妊・不育』p.27 -、『男性不妊症外来』p.14、吉田修 (1999)
  19. ^ 『EDと不妊治療の最前線』p.118
  20. ^ 『不妊治療最前線』p.82 -、『カップルで治す男性不妊』第2章「男性不妊の一般検査」、第3章「男性不妊の特種検査」、『男性不妊症外来』 II章 「一般精液検査」、『男性不妊を治す』Part3「男性不妊を治す - 診察」
  21. ^ 『不妊・不育』に示された表より。
  22. ^ a b c d 1992年、WHOによる基準。
  23. ^ 『不妊治療最前線』p.48
  24. ^ 『男性と不妊』p.71
  25. ^ 吉田修 (1999)
  26. ^ 『男性不妊症外来』p.116
  27. ^ 『カップルで治す不妊治療』p.97
  28. ^ 『男性不妊症外来』 p.7
  29. ^ 『Dr.ギルバーの泌尿器ガイド』p.54
  30. ^ 『不妊治療最前線』p.43、『Dr.ギルバーの泌尿器ガイド』p.54、吉田修(1999)p.203、『性機能障害と未完成婚』
  31. ^ 『男性不妊症外来』p.15
  32. ^ Q7.不妊症の検査はどこで、どんなことをするのですか? 日本生殖医学会
  33. ^ 精液検査、WHOの基準値とは? 帝京大学医学部泌尿器科アンドロロジー診療
  34. ^ a b 3)精液検査 日産婦誌59巻4号 (PDF)
  35. ^ Yanagimachi R, Yanagimachi H, Rogers BJ. "The Use of Zona-Free Animal Ova as a Test-System for the Assessment of the Fertilizing Capacity of Human Spermatozoa." Biol Reprod 1976 ; 15 : 471―476, doi:10.1095/biolreprod15.4.471
  36. ^ 毎日新聞2017年5月7日 東京朝刊
  37. ^ 『不妊と男性』p.39
  38. ^ 『男性不妊を治す』p.110、『男性不妊症外来』p.144 -
  39. ^ 『不妊治療ワークブック』p.93
  40. ^ 『男性不妊を治す』p.112 - 、吉田修 (1999) などにおいて、各症状においての術式の解説がなされている。
  41. ^ 『不妊と男性』p.92(2004年)。ただしやはり体内から採取した精子は状態が良いとは言えず、通常の人工授精ではなく、顕微受精が相当である場合も多い(『不妊・不育』p.265)。また、生命倫理学上の観点からの問題も提起されている。
  42. ^ 『不妊・不育』p.35、『男性不妊を治す』p.65、吉田修 (1999) 、『男性不妊症外来』「抗精子抗体の治療」p.121 -


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