ダムと環境 堆砂

ダムと環境

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/09 14:10 UTC 版)

堆砂

ダム湖における堆砂の状況
水流が緩いために、多量の泥砂が堆積する。
(高津戸ダム・群馬県

ダムは河水を堰き止めるが、同時に上流からの流砂をも堰き止める。こうした堆砂(たいしゃ)の問題はダムを建設する際の永遠の課題とも言える。

堆砂による土砂動態の変化

河床低下
上流域で生産された土砂が、ダム湖で止まることなどにより、発生する現象。砂防設備や森林整備などの土砂止め工事の影響も多いが、ダムの持つ土砂止めの機能も大きな要因となる。下流河川の土砂含有量が減り、河床の砂礫の需給バランスが崩れることにより発生する。もともと土砂生産が多く天井川であった河川でも著しい河床の低下が見られる。河床にある砂礫の中でも、特定のサイズの砂が流失することが多い。
アーマー化現象
河床低下で河床の砂礫が減り、流出しにくいサイズの礫が、ダム湖内で沈殿しにくい微小なシルトや粘土質のもので固められ鎧のように強固になってしまう現象。河床の生物が、巣を作る際にシルトを固め、より強固な状態へとなることもある。ダム湖内で土砂サイズの含有量の選別が起こることも大きな要因として指摘されている。
河岸侵食
河床低下などの複合的な要因で、流水の流れる高さが変わることや、土砂含有量の少ない水が土砂生産を促すことにより河岸が削られる現象。これにより、新規堤防強化事業や橋梁付け替え工事の必要が生まれる。
海岸侵食
河川の持つ土砂生産量が変化することにより海岸の土砂の需給が変化し海岸線が削られること。複合的な要因がありダムのみに起因しているのではないが、河川が漂砂に与える影響は大きい。砂浜や干潟の土砂は堆積侵食の微妙なバランスで成り立っており、河川からの土砂流下量の減少は海岸侵食に影響する。
ヘドロ
ダム湖底には上流より多くの有機物が流入する。本来ならば河口域まで流され、次第に分解していくはずのものであるが、それらが湖底に堆積し、撹拌の行われないことによる酸素の少ない条件下で分解することで、次第にヘドロとなる。古いダムには、多くのヘドロが堆積し、これが大きな問題となっている。放置すれば水深を減らし、水質を悪化させる。かといって、下流に流せばより広範囲にわたって汚物を流すことになる。したがって、出し平ダム黒部川)で行われた第1回連携排砂事業は大量のヘドロを下流に流し、漁業に深刻な影響を与えた。また、熊本県で予定されている荒瀬ダム球磨川)撤去についても、この検討が十分になされていないとの指摘されており、撤去により下流に与える影響が懸念されている。

日本のダム堆砂問題

「ダムは100年経つと砂に埋もれて使えなくなる」という意見がある。2002年(平成14年)11月18日付の朝日新聞では『44ダムで堆砂50%以上』というセンセーショナルな記事が掲載された[3]。やがて田中康夫元長野県知事による「脱ダム宣言」の有力論証となった。さらに2014年には全国のダム100か所以上で堆砂による機能低下が会計検査院によって指摘された[4]。ここでは日本のダム堆砂の現状と対策について述べる。

ダム堆砂の現状

2019年10月の東日本台風の豪雨によって発生した石小屋湖の堆砂(奥側の橋の下の扇状の堆積物)。宮ヶ瀬ダムの天端から2019年11月に撮影。

ダムの堆砂を測るものとして堆砂率(たいしゃりつ)がある。堆砂率が、20パーセントを超えると堆砂が進行していることになる。水系別ダム堆砂率で見てみると、中央構造線付近を流域に持つ天竜川大井川富士川において水系内全ダム堆砂率が30パーセントを超えている。堆砂率上位10ダムの大半はこの3水系で占められる。他の河川ではどうかと言うと、全国109の一級水系においてダム堆砂が30パーセント以上進行している水系は前述3水系のほか、四万十川那賀川の計5水系である。日本の主要水系では木曽川水系が15パーセント、信濃川水系が8パーセントであり、石狩川北上川利根川淀川吉野川筑後川では5パーセント程度しか堆砂が進行していない。なお、排砂事業を実施している黒部川水系では16パーセント、川辺川ダムで問題と成る球磨川水系では7パーセントである。

ダム個別で堆砂進行状況を見ると、日本では千頭ダム(寸又川)の97パーセントが最高である。将来的な堆砂状況を試算した場合、堆砂問題が特に深刻な天竜川水系では佐久間ダム(天竜川)が無対策で放置した場合約200年で貯水池が砂で満杯となる試算が出ている。天竜川水系や大井川水系等、中央構造線付近にあるダムは地質的に土砂が流入しやすいため、多少にかかわらずこの傾向がある。だが、同様の試算で堆砂の影響が少ない河川の場合、矢木沢ダム(利根川)で約2,600年、岩洞ダム(丹藤川)では実に約70万年未対策で放置しないと貯水池が堆砂で満杯にはならないとされる。

一般にダム湖における堆砂は上流からの河川の平常時の流量では発生せず、豪雨等による急激な増水や、流域内での崩壊火山噴火といった急激な土砂生産にともなって発生する。2019年令和元年)10月の令和元年東日本台風(台風19号)では宮ヶ瀬ダムの直下の副ダムである石小屋ダムにおいて右岸の支沢で土石流が発生した。これにより急激な堆砂が発生した。

ダム堆砂の弊害

堆砂については個々の水系の地形・地質・降水量・流水量・地殻変動等多種の要素を勘案して議論しなければならないため、「100年でダムが満杯」と一律に語ることには語弊があり、誤解を招く。しかし、目的のいかんを問わずダム湖流入部等の流速が弱まる場所で堆砂が進行すれば、局地的な河床上昇等により河岸侵食や洪水をもたらす要因になるという指摘がある。泰阜ダム(天竜川)では上流の小渋川から流出する大量の土砂によって堆砂が進行、これにより1961年(昭和36年)の梅雨前線豪雨による水害(三六水害)の要因になったとの指摘が今なおなされている。

また近年地球温暖化に伴う集中豪雨は雨量の局地化、集中化と降雨量の極端な増加を招いているが、こうした気候変動などにより洪水時の堆砂流出量が増加するという変化もおきている。治水ダム多目的ダムにおいては堆砂は洪水調節機能の低下に直結するため、計画容量だけでなく対策費の額も今後大きく変わる可能性もある。従って、放置したままでは堆砂に伴う先述のような弊害が起こりうることは疑いのない事実であり、近年の深刻な海岸侵食の一因にダムが挙げられていることを考慮すると、猶予のない対策が要求される。

ダム堆砂の対策

このように堆砂問題は古くから提起されていたが、以前は浚渫以外有効な除去方法がなく、技術的に堆砂除去は不可能と言われていた。だが近年では河川工学や土木技術の解明・進歩により有効な対策が実用化されて来ている。

天竜川水系では美和ダム三峰川)や佐久間ダムで「排砂バイパストンネル」を設置、洪水時に土砂を含んだ河水を下流に迂回させることでダム湖堆砂防止と流砂機能促進を図ろうとしている(ただし、直下流の高遠ダムに貯まる堆砂対策はまだ実施されていない)。2004年(平成16年)には美和ダムにおいて排砂トンネルが完成し、さらに深刻な堆砂が進行している小渋ダムでも完成が間近である。黒部川水系では出し平ダム宇奈月ダム(黒部川本川)の連携排砂が行われて、洪水時に下流に直接流砂させることで同様の効果を図っている。現在建設が進められている一部の治水専用ダムでは平常時は貯水せず水門を開放し通常の流況を維持、増水時のみ洪水を貯留し洪水調節を行い堆砂を防止する試みがある。このようなダムは「穴あきダム」と呼ばれ、足羽川ダム足羽川)を始め益田川ダム(益田川)・立野ダム(白川)等で導入されている。この他ダム湖上流に貯砂ダムを設置し定期的に土砂を除去したり、「緑のダム」として植林を進めることで山腹からの土砂流出を抑制する試みが行われている。相模川水系では相模ダム城山ダム(相模川)に溜まった土砂を直接採取し下流部の河原に運搬、洪水時に自然流下させることで湘南海岸の砂州後退を防止する試みを始めている。

ただし、長年湖底に堆積した堆砂はヘドロ化していたり、枯死した植物による硫化水素の発生等ダイレクトな流下は環境に悪影響を及ぼす。実例として先述の出し平ダム連携排砂事業において、第1回排砂後ヘドロが河川に堆積・固着し黒部川・富山湾への漁業被害が発生、排砂被害訴訟も起きた。このため現在の堆砂流下事業は洪水時の自然流下を条件に実施し漁業被害は起きていない。だが実施して日も浅く環境に与える影響が未だ不確定の面があるため、今後も注意深く観察して行く必要がある。荒瀬ダム(球磨川)のようなダム撤去も根本解決の一案ではあるが、堆砂処理対策が万全でないと同様の被害を及ぼしかない。「堆砂が進行するからダム撤去」ではなく、「堆砂を除去しダムをメンテナンスして、機能を維持」する方がリサイクル時代の現代においては、資源・財源保護の上で合理的と言える。ただし、水循環とそれに付随する流砂サイクルを考慮した場合、小手先の対策は問題を先延ばしにしているに過ぎないという意見もある。


  1. ^ 上村一真「ダム設置に起因する濁水長期化に関する調査及び検討について」”. 2019年12月10日閲覧。
  2. ^ 一柳英隆ほか「ダムによる水温レジームの変化:その定量化」”. 2019年12月10日閲覧。
  3. ^ asahi.com :教育・入試: NIE”. www.asahi.com. 2019年12月10日閲覧。
  4. ^ 堆砂で機能低下のダム100カ所以上、検査院が指摘” (日本語). 日本経済新聞 電子版. 2019年12月10日閲覧。


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