行列係数の多項式を用いた証明
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/19 10:23 UTC 版)
「ケイリー・ハミルトンの定理」の記事における「行列係数の多項式を用いた証明」の解説
「多項式行列」も参照 まず、前節の証明に現れる式によって示唆される「行列係数の多項式」という概念について正当化しておく。これには非可換環係数の多項式というある意味普通ではないものを考えることになるので、入念に注意を払う必要が出てくる。通常の多項式で正当化されることが、今の定では適用できないということが多々起こる。 著しい点として、通常の可換環係数の多項式に対する算術は、多項式を多項式函数と同一視して函数としての(点ごとの)演算を雛形とすることができるが、非可換環係数ではそれは可能ではない(実は、非可換環上での場合には、乗法のもとで閉じる多項式函数の明らかな概念は存在しない)。それゆえ、行列係数の変数 t に関する多項式を考えるときには、変数 t は係数環の任意の値を取りうる「未知数」と考えてはいけなくて、いくつかの決まったルールに従う形式的な記号としての「不定元」として扱うべきである。特に t に特定の値を代入しようというのは危険である。 ( f + g ) ( x ) = ∑ i ( f i + g i ) x i = ∑ i f i x i + ∑ i g i x i = f ( x ) + g ( x ) {\displaystyle (f+g)(x)=\sum _{i}\left(f_{i}+g_{i}\right)x^{i}=\sum _{i}f_{i}x^{i}+\sum _{i}g_{i}x^{i}=f(x)+g(x)} 適当な環 R(例えば実数体 R や複素数体 C)に成分を持つ n次正方行列環を M(n, R) と書き、その一つの元として行列 A をとる。t に関する多項式を係数として持つ行列、例えば tIn − A やその余因子行列(の転置行列)B なとは M(n, R[t]) の元である。t の同じ次数の冪を含む項をまとめることにより、M(n, R[t]) に属する行列を t を変数とする行列係数の「多項式」の形に書き表すことができる。行列係数の多項式全体の成す集合を M(n, R)[t] と書けば、M(n, R)[t] と M(n, R[t]) との間に一対一対応が存在するから、それにより対応する算術演算を定義することができる。特に乗法は ( ∑ M i t i ) ( ∑ N j t j ) = ∑ i , j ( M i N j ) t i + j {\displaystyle \left(\sum M_{i}t^{i}\right)\left(\sum N_{j}t^{j}\right)=\sum _{i,j}(M_{i}N_{j})t^{i+j}} で与えられる。これは明らかに非可換な乗法である(特に右辺の係数における積の順番は、左辺の対応する因子の現れる順番を反映するようにしなければならない)。 この設定で、等式 ( t I n − A ) B = p ( t ) I n {\displaystyle (tI_{n}-A)B=p(t)I_{n}} は M(n, R)[t] の元の間の乗法を含む式と見なすことができる。この時点で、単に t が行列 A に等しいとおく誘惑にかられそうになる(そうすれば左辺は零行列で右辺は p(A) になるから)が、これは係数が可換でないときには許されない操作である。それでも非可換環 M 上で「右評価写像」evA: M[t] → M は定義できる(これは各 ti を A の冪 Ai で置き換えるが、この冪は常に対応する係数の右から掛けるものと約束するものである)。ただしこれは環準同型にならない(積の右評価写像の値は右評価写像の積とは一般には異なる)から、行列係数多項式の乗法が t を係数環に属する未知数と見ての乗法を雛形としたものでないことが確認できる(積 Mti⋅Ntj = (MN)ti+j は変数 t は常に N と可換と仮定することで定義できるが、これは t を行列 A で置き換えるときには常には期待できない。ただし、手近な特定の状況を想定する場合にはこの問題をうまく回避できることもある(たとえば、上記の右評価写像は行列 A が係数環の中心に属している場合には(どの多項式でもすべての係数と A は可換になるから)環準同型になる)。 ケイリー・ハミルトンの定理の証明では M を行列環全体と考えるならば A は必ずしも中心に属するわけではないけれども、M としてより小さい環(証明に現れるすべての多項式の係数すべてを含んでいるようなもの)に取り換えて、その中の元すべてが A と可換になるようにするという手段をとることはできる。明らかに、A と可換な行列全体として与えられる部分環(すなわち A の中心化環)Z はそのような部分環の候補になる(定義により、A は Z の中心元である)。この中心化環が In および A を含んでいることは明らかだが、tIn − A の余因子行列の転置 (adjugate matrix) B に現れる ti の係数 Bi を含むことも示せる。実際、余因子行列の転置の基本関係として B ( t I n − A ) = ( t I n − A ) B {\displaystyle B(tI_{n}-A)=(tI_{n}-A)B} が成り立つが、これに B = ∑mi= 0 Bi⋅ti を代入して整理すれば ∑ i = 0 m B i A t i = ∑ i = 0 m A B i t i {\displaystyle \sum _{i=0}^{m}B_{i}At^{i}=\sum _{i=0}^{m}AB_{i}t^{i}} が残る。各 i に対して係数比較(英語版)を行うことにより、所期の式 ABi = BiA が得られる。 このように実際に evA が環準同型となる適切な設定の下が求められたからには、定理の証明は ev A ( p ( t ) I n ) = ev A ( ( t I n − A ) B ) p ( A ) = ev A ( t I n − A ) ⋅ ev A ( B ) p ( A ) = ( A I n − A ) ⋅ ev A ( B ) = O ⋅ ev A ( B ) = O {\displaystyle {\begin{aligned}\operatorname {ev} _{A}{\bigl (}p(t)I_{n}{\bigr )}&=\operatorname {ev} _{A}((tI_{n}-A)B)\\p(A)&=\operatorname {ev} _{A}(tI_{n}-A)\cdot \operatorname {ev} _{A}(B)\\p(A)&=(AI_{n}-A)\cdot \operatorname {ev} _{A}(B)=O\cdot \operatorname {ev} _{A}(B)=O\end{aligned}}} として完成する。
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