改鋳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 02:57 UTC 版)
また、貨幣発行益を得るために貨幣の改鋳を行った。貨幣発行益を目的とする改鋳は江戸時代の多くの時期で行われ、それによってマイルドなインフレーションが発生して景気も良好となっていたが、天保の改革においては以前とは異なり猛烈な勢いで改鋳を行ったため高インフレを招いた。
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改鋳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/04 04:17 UTC 版)
後世に金銀産出の衰退、幕府の支出拡大による慢性的な財政難の補填のため、正徳・享保期を除き、時代ごとに主に出目(改鋳利益)の収得を目的とした品位(金含有率)・量目ともに改悪されることが多かった。この吹き替えは寛永年間頃からの急速な金の産出の衰退、長年の流通による小判の折損、中国などとの貿易取引による多量の金の流出、幕府の出費の増大による財政の逼迫などが理由に挙げられる。 また、幕末には、日本国外での金銀比価が日本国内と大きく異なったため、これを是正するため極端に小型の万延小判に改鋳され、インフレーションを引き起こした。さらに万延小判でさえ製造は少量に止まり、実際に多量に発行され市場を凌駕したのはより品位の低い万延二分判であった。 上述のように小判の品位は「四十四匁位法」あるいは「差銀加算法」とされる44匁の金に差銀を加えた量目で表され、例えばその合金の量目が52匁2分ならば「五十二匁二分位」とされ、金品位は44/52.2 = 842.9/1000であった。
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改鋳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/21 07:21 UTC 版)
経済の拡大にともない、貴金属の産出の減少と通貨の流通不足が起き、幕府財政の悪化が深刻化した。このため幕府では金銀貨の改鋳が行われた。元禄・宝永(小判1回、丁銀4回)・正徳・享保(小判のみ。)・元文・明和(五匁銀、南鐐二朱判)・文政・天保・嘉永(一朱銀のみ)・安政・万延(小判のみ)の計14回にわたる改鋳が行われた。ただし一方のみの改鋳もあるので、実際には小判9回、丁銀10回となる。金の改鋳では、江戸幕府最初の慶長小判では金含有率が84.3パーセントあったが、最後の万延小判には56.8パーセントまで低下した。銀の改鋳では、元禄銀の銀含有率が64パーセント、宝永二つ宝銀が50パーセント、永字銀が40パーセント、三つ宝銀が32パーセント、四つ宝銀は20パーセントと大半が銅となった。正徳・享保期に80パーセントに戻ったのち、元文期から再び下がって安政銀は13パーセントとなった。こうして金貨と銀貨の名目貨幣化が進んだ。 元禄の改鋳では500万両、天保の改鋳では幕府年収の30パーセントに相当する利益があった。江戸幕府による改鋳は、含有量が異なる金属貨幣を同価として扱うことで、退蔵されている富裕層の金銀貨を投資に向けさせ、貯蓄への課税と同様の効果を目的としたという評価もなされている。また、当時は長崎貿易で貴金属の流出が続いており、金銀貨の含有率を下げることで貿易額を保ったまま流出量を減らす目的もあったとされる。しかし、含有率を下げる改鋳は貿易相手国のオランダ、中国、朝鮮、琉球の反発をまねいたため、幕府は貿易用の貨幣を発行したり、金銀から銅による決済への切り替えを進めた。
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改鋳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 14:54 UTC 版)
江戸時代初期は各地銀山からの産出が隆盛を極めたが寛永年間頃から早くも陰りを見せその後銀の産出は衰退し、その一方で中国などとの貿易取引で多量の銀が流出し、加えて元禄年間には出費の増大により幕府の財政は底をつき、元禄8年(1695年)には幕府の財政再建の目的で吹替えにより銀品位が下げられた。 その後も宝永年間には更なる吹替えが立続けに行われる。中でも永字銀、三ツ宝銀、および四ツ宝銀の三品は、度重なる天災地変の救恤・御普請などで幕府の財政が深刻化したため荻原重秀が吹替えを建議した処、新井白石の計らいにより吹替えの議は中止となったものの、重秀の独断専行により鋳造されたもので将軍の正式な決裁も無く新銀通用の御触れさえ出されることは無かった。 正徳年間には大黒常是が復帰し小判と共に慶長の品位に戻されるが、一連の宝永銀の回収・改鋳の進捗は遅れ品位の異なる6種の銀が併用されることとなり銀品位に応じて区別通用され、この状態は最終的に元禄および宝永銀4品が通用停止となる享保7年(1722年)末まで続いた。また、通貨縮小による米価下落のため、元文年間以降、銀品位を下げる吹替えが度々行われた。
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改鋳
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/01 22:53 UTC 版)
貨幣については「貨幣改鋳」を参照 金属製品は長期の使用や保存に耐えうる性質に優れるが、それでも劣化により用をなさなくなったときは、既存の鋳物を原料に再び鋳造して製品とすることがよく行われる。これを改鋳、吹替えと呼ぶ。梵鐘など歴史的な鋳造品は劣化(亀裂、焼損)に伴いしばしば改鋳される。
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「改鋳」の例文・使い方・用例・文例
品詞の分類
名詞およびサ変動詞(加工) | 鋳造 私鋳 改鋳 新鋳 抄造 |
名詞およびサ変動詞(金銭) | 賑給 給与 改鋳 入金 賃上げ |
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